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2010年7月 5日 (月)

日彫展2010

ロクな審美眼も持ち合わせない身の上を殊勝にも恥じいる・・・という事も無く、ただ見たいから見に行っただけの新国立美術館の日彫展。

 一昨年だったかの見学ではカメラ持込を遠慮していたけれど → 日彫展/2008/07
 今回は塾長の許可を得てあったこともあり、受付で堂々と申し入れて快く写真撮影の許可を貰った。 

1487_1  以前にも塾長から言われていたことだけれど、こういう本格的な展覧会で写真撮影を断るのは主にフラッシュ閃光が他の閲覧者の感興を損ねるという理由からであって、基本的に彫刻展では観客が手で触れることにも寛容であって然るべきかという意見が主流になりつつあるようだ。

 今回の展示では作家の承諾のあったものについて現品に「視覚障害の方は触れてみても結構です」というような張り紙のあるものが随所に見受けられた。

 塾長の作は例の「ジェイソンさん!」作者登場という、堂々とチェンソー彫刻作品を中央彫刻界に提示するという路線を堅持したもの。

 きじとらさんのブログ記事での紹介もあるんで、わたしが今更の感想など書く必要もないんだけれど、やっぱしわははと笑出だしてしまう豪快さが漂っている。

今回は他に強い感銘をうけた新人賞作品もあったけれど、技術とは別にそのモチーフや表現で完全に共鳴してしまった作家さん達が居たのには正直、メロメロに参ってしまった。

 その作家さん達から直接の許諾はまだ貰っていないけれど、彫像が伝えることのできる人間の温かみとか優しさとか、そういうものこそ私が(分際を省みず)挑戦していきたい境地なので、あえて写真をピンナップしておくことにする。
 もし掲載不可になった場合などには速やかに撤去するけれど、この作家さん達には別にファンレターなんかを書いてみたかったりする・・・って、我乍らなんか軽薄 smile

作品名「兄弟」 青山倫子さん FRP 

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そのほかにも
 

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 作品名「読書」 山崎茂樹さん  石膏 
 

 

 

 

 

 

1489

 


 

 作品名「永懐」 升田幸太郎さん FRP 新人賞

 

 

 

 

など、いっぱい写真を撮らせて頂いたけれど、なんでこれが■○賞なん?と思わせるものも相当あって、評論の難しさってことを思い知る。

 

 

1510  
 

 ぱっと 眼を合わせ思わず挨拶をしてしまいそうになった毎回おなじみの木彫の海女さんがいた。  
 幾度も同じ顔の海女の彫像を出展する、その感覚がだんだん好きになりつつある・・・って、なんか怖いんだけど catface その作家さん 山川芳洋さんという名前を覚えてしまった展覧会 だったって訳だ。

 

 小野啓亘さんの石膏作品「寛奈Vー時を超えて」という作品の仏師的技巧にはちょっと異質な感銘を受けもした。

 

この作品、右足つま先の表情と、いかにも下駄を履いていた時代の人らしい親指の形に作者の意図が覗えるような気がするけれど、それも錯覚のウチかも知れない。

 

 獲物の兎に覆いかぶさった構図の鷲については 今度のチェンソーアート大会へ招待状を出して素人の作品の表現力も参考に見てもらいたいな・・・というような印象ももってしまったけれど、作者の意図は別のところにあったのだろうか。
 とは言え、表現手段と実施方法とを考えるなら、オーバーカットも時に優れた技術になるんだというアタリマエの話が改めて腑に落ちる。 

 

 いやぁ・・・ なんとも傲岸不遜な感想日記になってしまったが、やはり彫刻ってのは自分の眼で見るに限るんだなぁ と、大枚¥3000を支払った出展目録を眺め直しては溜息をついてしまう。

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コメント

やっぱ芸術はいいですね。
でも、棲み分けが必要なのも芸術だと思うこの頃です。
音楽・絵画・彫像・オブジェ・舞踊・料理・・・何でもそうだけど、創作する側とそれを感じる側に好みというマッチングがあって、どう感じるかはそれに大きく左右されてしまう運命にある。当たり前のことだけど、、、
ま、そんな事はさておいて、日本にも昔からそしてこんなに多くの優れた表現者が居るというのに、芸術がなかなかみんなの暮らしの一部になれないのは何故なんだろうと思ってしまいます。
我々日本の生活の中に、人間関係の中に、肩肘を張らずとも芸術というものがどんなレベルでも存在すれば、もっと人生は豊かになるはずと思ってしまいます。
芸術はそれこそ遊びのレベルから存在するべきだと思います。
ま、私の独り言です。。。ブツブツ・・・
cat

音やん、私も しょっちゅう独り言つぶやきます(despair
 でも、あんまし個性豊かな芸術が町中に溢れていたら、それもコマってしまう事かもしんないですし。

 大根かーちゃんを彫ってみて、結局のところ置き場が無いってことに気がつきました。

ふさわしいと感じる場所がにゃい。

 ならば、そういう場所をつくってしまふ というのが私のやりかたで、とりあえずは借りてる森に隣接した畑の道沿いに置いてみました。
 この婆さまに逢いに来た息子夫婦と子ども達も、この場に順次作ってみようかと思ってます。
 盗まれ割られて薪にされる運命かどうか、それとも密かに愛され見守られ続けるのかどうか。
 ま、なるようにしかならんのだろうとは思いますが smile

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