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2010年5月 2日 (日)

コアラと共に生きる町並みは今

 今朝、稀にこの木挽屋ブログにもコメントを寄せてくれるオーストラリアのアーボリスト Ekka さんの記事を読んだとです。

→ http://www.treeworld.info/f6/koala-craziness-govt-approve-relocating-them-12793.html#post83853

 記事の流れを見れば、あのオーストラリアのコアラと共生する町で、開発のためコアラ回廊の移転が行われるのだとか。

 この掲示板では以前にも地域の 宝物のような大きな樹が市当局の許諾を得て伐採され、跡地に大きな家が建つ という投稿記事をみたことがあります。
 この事例では市当局はエコロジストさんの判断を尊重し、土地所有者の権利を優先させたわけだけれど、アーボリストさんたちの意見によって大樹の根の生態記録が残された という事でした。

 この時には根元周りの生育データを記録するという形の遺産を残すことになったんだとか。 

 一本の樹がのこしたもの で思い起こされるのはルナと名づけられたレッドシダーとジュリア・バタフライ・ヒル嬢との物語です。

 

 2年間もの間休むことなく1日24時間を樹の上で生活を続け伐採作業を拒絶し続けた彼女 ―― 一般人の理解を超絶したジュリアの行動は、世論を動かし、北米の巨樹伐採全盛だった時代にピリオドを打つだけの力を持つことができました。
 今のエコロジーという流れの、その源流の1つになった実話です。
 ルナについてはエピローグにあるような結末もあったワケですけれど、若い人はやはりトンガッタ物を持ってていいんぢゃないかな なんて思うってことですけどね。

 関東の平地林のごく一部の隅っこ、川越の里山でゴミ掃除や風倒木の始末から入り込んだボランティアのヤマ作業ですが 最近になってようやく5件の地主農家さんから認めてもらえるようになってきました。
 薪炭林の時代を過ぎ、更には農用林としての限界をも超えて手に負えない大樹林への変貌を遂げつつあるこの里山には やはり病虫害の弊害も生まれつつあります。

 林業的な技術ではこの里山の未来にしっかりとした絵は描けない。

 そんな気がしてます。 

樹の活力の根源は、その文字のとおりに 樹の根元にあるわけです。
 ただ自然が美しいから手にとってみたいというだけの理由で林床に踏み入り落ち葉を踏みしめる音を楽しむ、それが自然との付き合い方だという感性は そろそろ卒業しなければならない時代になってきているんぢゃないかと思ったりしてます。
 特定の希少植物をやたらに有難がって植物調査だなどと銘打っては森を歩き回る人達には、身近で普通の植物たちが作り上げた環境をもっと重大に捉えてもら いたいものだと思います。

 どういう森に育てたいのか。 

  敢えて言うなら 雑多で身勝手で机の上だけの「皆んなの意見」なんてものは要らないんですよ。 

 やはり基本は所有者農家の意思でなければならないと思うのですが、同時に、それを補佐する科学的な立場にたった実務をこなせる本当の技術的知見を導入しなければならんでしょうね。 

 土の科学、菌類との共生、色々と勉強しなければならんことばかりですが、ブログを通して教えてくれる人々との出会いもまた、楽しんでいたりします。

 今回もEkkaさんからTPZについての新しい無料計算ソフトを紹介してもらえました。

 こういうものを活かす というのは主体性をもった個人としてのボランティアの本領なのかな とも思いますが、如何せん、実力が附いていかなひ catface

 TreeWorldというフォーラムでは他にもカナダのオタワ市のこんな記事が載っていたりして

→ http://www.treeworld.info/f29/soil-subsidence-trees-346-3.html#post87618 

Root

 隣接した樹の根の成長で住宅の基礎にヒビが入ったということで2年の法廷争議のあと、樹が撤去され税から Can$140,000!の経費が消耗された んだとか。

 

 
 川越の森でも、新規住宅地からの苦情でどんどん根元からの伐採が行われているのですが、森と共生する都市のあり方については私も及ばずながら模索を続けてみたいと思ってますです。

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コメント

本日例の物受け取りました、ありがとうございます
二度にわたりPCがブルーバックとやらになりてんてこ舞いの
連休初日でした。
というわけでアドレスも無くなり、こちらに書かせていただきました。
今後ともよろしくお願いいたします

うーん、深いですね
先日、仙台の青葉通りのケヤキを見た人が、「仙台って街の中にこのような並木が有って良いよね」と言ってましたが・・・
私は排気ガスに冒され黒く変色したケヤキや、アスファルトとコンクリートで根周りを固められて息絶え絶えの様に見えました。
飾りじゃないエコとか自然保護の時代になっても良いと思うのですけどね。

>若い人はやはりトンガッタ物を持ってていいんぢゃないかな 
自己主張の出来ない人間ってのは、自分のありたい姿も見えないのでしょうね。
人には主張って大事だと思うんです。
まあ、すごく共感しちゃいました(汗

小川さん、ポータラップの技術は 他に代わるものがない と言われているほど便利で確実なブレーキング能力を与えてくれます。 但し、そのぶんだけ落とし穴もあります。
 用具は適用条件と運用技術で活きますんで、一緒にしっかり研修して事故なんかで逝かないよー(bleah)がむばりましょう

佐藤さん、仙台のケヤキは この記事のユーカリと同じような境遇って言えるかもしれませんね。
 ユーカリの場合は記事のとおり専属のコアラがついているんだそうで、無責任な コアラを移転させればぁ~? なんて鳩山さんみたいな思いつき(bleah)は 移転先のユーカリの樹の先住民コアラ達が行き場を失くすだけ って結果を招くんだとか。

 ユーカリの樹が活力を復活してコアラたちがこの回廊で生活していけるようにするための植栽ノウハウに、まだまだ技術的知見に欠けたものがあるってことですね。
 自然との共生のため町の開発を制限をするなんて基本対応はとっくの昔から知られていることだと思いますが、植物の側からの発展・鬩ぎ合いってのもあるってのが現実ですからねぇ・・・
 実際に自分の家の土台が樹の根で浮いたり沈んだりして住めなくなってしまうという時に、手遅れになってから騒いで根元から切り倒して「スッキリ解決」してしまうんぢゃ情けないです。
 予め見えない危険に手を打っていく予算への理解と教育とが必要なんだろうと思います。
 かと言って日本の盆栽文化的解決ではコアラは生きていけませんからねぇ・・・
 もっと勉強したらその先に何かが見えてくるかもしれません。 ま、見えるようになるまで勉強し続けるしかないんでしょうが。

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