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2010年2月22日 (月)

辺野古の海は(100224+100519+120725補記訂正)

これから一体どのような展開になってゆくのだろうか。

 正直、米軍基地が沖縄に居座っていて良いとは思えない。

 バカアホ間抜けと言われようと、軍備に多額の国家予算を費やし続ける今の世界秩序が健全なものとは信じられない。 理屈を語るだけならどちらのレトリックももうウンザリするほど聞き飽き語り飽きているというのが普通の人間の感覚なのだろうと思う。

( 米国大統領オバマ氏がせっかく核廃絶へのトークをしたんだから、日本は米国・中国・世界への軍縮提案などもっと大胆にやって欲しいもんですよ いつまでも鳩山お母さんの話ばかりしてないでさ。 ホント、この時代に中国海軍が空母を新規建造してるって事にもっと敏感に反応してもいいんぢゃないのか・・・ なんて思ってるわけね。)

 チェンソー彫刻にのめりこんだのも、自分の祈る言葉を他の誰かに伝えたいという思いが切っ掛けだった・・・の か な ?。

 古いことは都合よく忘れているけど。

 まあ、かなり錯覚している部分があるのだろうけれど、その錯覚のなかに、ひょっとしたら 何か歌のようなものが生まれるかも知れないというなんとも青白っぽいものをいつまでも後生大事に抱えていたいものだと思ったりしている。

 今日は天気予報を裏切る寒い曇り空。

 出かける積もりだったが一昨日のイベント参加と丸太収穫で腰に違和感が残り、空模様の様子見で時間つぶし。 ヒマをつぶす積もりの Youtube で沖縄民謡を聴いていたら不覚にも涙がこぼれてしまった。  朝っぱらから。

二見情話 

作詞:照屋朝敏 作曲:照屋朝敏

二見美童や だんじゅ肝清らしや
海山ぬ眺み 他所にまさてぃヨ
二見村嫁や ないぶしゃやしが
辺野古崎坂ぬ 上い下いヨ

行逢たしや久志小 語たしや辺野古
想て通たしや 花ぬ二見ヨ
待ちかにて居たる 首里上いやしが
出ぢ立ちゅる際や 別りぐりしゃヨ

行かい行ぢ来うよとぅ 交わす云言葉や
ぬがし肝内に 思い残ちヨ
戦場ぬ哀り 何時が忘りゆら
忘りがたなさや 花ぬ二見ヨ

→ http://www.youtube.com/watch?v=4lXh5AlhONQ&feature=related


まるで沖縄言葉を解さぬ自分でありながら、故郷大地の恵みを思う防人、その妻たちの祈り、不思議とその意味は万葉の相聞のように伝わってくる。 (←ような気がする)

 沖縄の唄といいながら、どこか五木の子守唄を思い起こさせる余韻があるけれど、戦争が終わり捕虜収容所から故郷の村々へ帰るというとき、避難民を受け入れて居てくれた世話になった二見の人々への感謝をこめて照屋朝敏村長さんが作詞作曲されたものだったとか。  (←一部訂正 120725補記)

120725: 補記 この曲については複数のコメントが寄せられて、原作は古賀メロディであるという指摘があった。 その真偽を確かめるほどの知識もないので、照屋氏の作詞作曲という部分には赤訂正をいれておくことにした。

 ミレーにロダンにその原型を求めず、ただ自分を育くんだ土地と歴史への思いを深く懐き、この祈りを木像に彫り上げたいものと願う。
 その心意気や自らは佳しとするも

         ・・・

          肝心の腰が(涙)

 ペンネーム 木挽屋次郎 64歳  老いて尚盛ん
                ・・・ ちゃった、多感 catface

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コメント

ハスクバーナ・ゼノアフェア、たっぷりと楽しませていただきまして有難うございました。
春風を受けて気持良く髪をなびかせている少女、素晴らしかったですね!
ジェイソンさんファンの一人が「これもパンツ穿いてない!」と覗きこんでいたのが可笑しくて、写真を撮り損ねてしまいました。一緒になって覗きこんじゃったからなんです^m^

き、きじとらさんっ!
 あの会場で そ、そんな楽しいことやってたんですかぁ lovely

 いやぁ参った参ったです、あの土曜日の夜。
 でも、着実にチェンソーカービングのファン層が厚くなってきてくれてるんぢゃないかと感じたりしました。

 きじとらさんの写真の威力、怖いけれど、ほんとは有難いです。

『二見情話』は、沖縄戦で沖縄北部に避難していた、照屋朝敏氏がお世話になった二見の自然と人情を讃えて1945年に作ったものとされている。 

しかし、普通聞く沖縄民謡にしては異質で、珍しいヤマト調、歌謡調の曲調なのだ。その哀調は東北民謡のよう。

禅奏、間奏など曲の運び(曲調)、それを聴けば、誰しも沖縄民謡に決して無いものであることに気ずくだろう。その哀調は「古賀メロディ」を想起させるもの。

『二見情話』が、沖縄民謡屈指の至難の名曲とされる理由もまさにここにあると思われるのだ。


沖縄戦で避難していた人がお世話になった二見の自然と人情を讃えて作ったものとしても、いわゆるウチナー(沖縄人)として、いきなりこうしたことがあるだろうか、違和感を感ずるのはわたしだけだろうか。

だいぶアレンジされてきているとは思うが、戦争中どころか、それよりはるか以前、昭和7年、戦前も80年前の昭和初期に作られた、国民栄誉賞作曲家・古賀政男作曲の忘れ去られたかに思える、まさに『二見情話』そのものが、実は、いまや琉球民謡として定着しているということではないでしょうか。

二見情話

作 詞   西岡水朗
補作詞   照屋朝保
作 曲   古賀政男
編 曲   佐々永治
歌     知名定男、 大城美佐子(ステレオ版) 
レコード  コロムビア 昭和7年(1932)

 ウチナーグチは全く解せぬ身ゆえ、あくまで一般に流布する歌曲表面をなぞっているだけの随想でしたが、Tosさんコメントでの指摘感謝です。

→ http://youtu.be/giaWCvjmsoY

 言われるまで、この唄が二見情話につながっているとは知りませんでした。 

 ただ、昨今の基地関連ニュースで心揺さぶられる辺野古の海が、実にこの二見の海と重なることを記憶に留めるべく、ブログ記事内のリンクに沖縄のマップを併記したような次第です。

 国同士の諍い争いに右へ左へ流され翻弄され続ける民の祈り。  唄にこめられた祈りはただひたすら平穏な日々であったと思います。

 この祈りをこそ 大切に引き継いでいきたいものです。

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