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15年も前の事など

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2009年7月15日 (水)

樫の木のディグニティって、

どのように言い表したらいいか、適切な言葉を持っていないのでなんとも困るんだけど、やはり普通の植木屋さんがやるような剪定のカタチってのは あんまし樫の木に似合わないんぢゃないかなぁ と思っている。 

でも、思っているだけ。

 実はどうしたらいいのか、答えをまだ知らないで居る。

 まあ、こういう素人の傲慢さってのは怖いもんだけど、それでも直感ってのは尊重するに値するんぢゃないかと思ってたりする。

43567

  完成形を想像しながら枝を順次降ろしていくわけだけれど、実をいうと枝を降ろしたあとの木の姿を思い描くことって自体があまり簡単ぢゃない。

 最初の写真はアンカーを設定した時の全景。

 3枚の写真を合成したものなんであまり自然な形とはいえないかもしんないけど、こういうカシの木って嫌いぢゃない。

 樹冠が充実していてこんもりと森の木の雰囲気がにじみ出ているし。

 昨日の写真で明らかなように、この木は2つの樹冠をもっていて、そのうちの(この写真での)左側2/3がバナナクラックをを持ったリムを伸ばして他人の家に覆いかぶさるカタチになっている。

 だから年末にかけて左半分ちょっとを枝降ろしで整理して残りの枝も樹形を整えながらこの雰囲気が残るようにしたいと思っている。

 でも、本当にいいカタチって、どういうものなんだろ・・・

で、今日の作業は午前中だけの枝おろし

Dscf0460

 

 この写真の右側の枝(幹)全部が除伐の対象。

 

 

Dscf0470_2  

 YOYOで登ってDdRTで目的位置へ移動。

  フリップラインでセキュアしておいて登高用ロープを始末し、吊り上げ用クレモナを設定する。

吊り上げ点には直接ポータラップをかましておく。


Dscf0472

 

 この状態にできる確信があったのでバランサーは使わない。

 

順次作業が進んで、除伐するのがもっと大きな枝になったら当然バランサーで吊ることになる。

 

Dscf0473

 丁寧に小さい枝も吊り降ろし。

 

 下の屋根瓦に当たらないよう枝を回転させて降ろす。

 

 

Dscf0475

 

 ほぼ一段落。

  一番最初の写真と比較すると風の通り道が開いたことがわかる。

 でも、木の尊厳を保ったまま樹形を整えるって、口でいうのは簡単だけれど、脳味噌がクタクタになるほど疲れます。

 次回の大枝降ろしは下のイメージ

Remove_next_rimb

 

 

 

 最終的には下のイメージで幹を整理する予定。

Remove_rimb

 

 それにしても関東も梅雨明けだそうで、なんとも暑くなりました。

 だから10本も枝を降ろしたあと、午後はOさんのヤマでのんびりまったり・・・

 

 何もしないで木の上で時間を過ごすことがどれだけリッチな感覚か、これ、♪ わかるかなー わっかんないかなー♪

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コメント

ド田舎の農家に生まれ育ち、山登りでは自然の風雪に耐えた木を見ては感動し、自然に淘汰されながら磨き抜いた命に感銘しました。人はその自然に感動し、庭を造り、盆栽を造り身近に自然を感じようとしたのではないかと思います。「森のゆくえ」図書館から借り読み始めました。論点は同感ですが・・・一寸違和感も感じま。それは都会育ちの方と、私如き”田舎者”との差ではないかと思います。丹精込めて代々築き上げた日本の人工林の整然とした美しさは、何百年の人と自然の相互作用の結果であり、その地に特化した木材を産出し、将来に残すべき日本の文化、大切です。
 前置きが長くなりました。樫の木のデイグニテイ・・・改めて難しいと想いましたよ~!。尊厳か気品か見る人の心によりますが、観念的には自然のままがいい・・・特に巨木は・・・でも、これでは答えになりません。喬木の大木は人が毎年手入れ出来るものでなく、また10年・20年いや何十年も先の姿を想像できるでもなく、私も近所を散歩すると、まだ農家の屋敷周りには、欅が多いですが樫も有り、仮免さん本文を読み、その気で眺めましたよ~。”可愛そうが”主な感想でしたが・・・道の上の枝が無造作に切り落とされたり、丸坊主にされたり・・・土地の占有や我儘主義が横行する日本の町中の樹木のデイグニテイね~また話を難しくしちゃった!・・・ごめん。
 

スノートさん、またしても突っ込み鋭いレス さんくすです。
 こういう問題に限らず、答えの無い問題ってのは身の回りに溢れていますね。  論理だけを辿れば、こういう問題ってのは語れば語るだけ徒に混迷を深めるだけのことになると思います。

やはり 自分が信じる樫の木の最高の姿 を実現させる。 それだけが手ごたえのある答えになるように思います。
 その感覚を磨くためのヤマ遍歴。 

 時にまた懐メロが口をついて出ます。
 山本有三ぢゃないけれど、心に太陽を持て、唇にうたを持て。
 なんちって♪

---- 備忘 ----

心に太陽を持て (山本有三)

 心に太陽を持て。
  あらしが ふこうと、
  ふぶきが こようと、
 天には黒くも、
  地には争いが絶えなかろうと、
  いつも、心に太陽を持て。

 くちびるに歌を持て、
  軽く、ほがらかに。
  自分のつとめ、
  自分のくらしに、
 よしや苦労が絶えなかろうと、
  いつも、くちびるに歌を持て。

 苦しんでいる人、
  なやんでいる人には、
  こう、はげましてやろう。 
 「勇気を失うな。
  くちびるに歌を持て。
  心に太陽を持て。

  ---フライシュレンによる---

----

 西欧の都会をみれば、全体としてはいつもちゃんと方向みたいなものが見えている。
 そういうものを指して文化というなら、きっと日本での木・森の文化ってのはまだまだ混乱期を抜け出していないんでしょう。
 ってか、もしかしたら、まだそこまで到達さえしていないのかも~ punch


 時々、ですが、環境なんて名前を冠した団体の中には開花したばかりの稀少植物の花弁を毟り取って「盗掘を未然に防いだ」なんてノタマウ人も居るという事実に接したりします。
 彼等彼女等の行為は盗掘人のそれとどれだけの違いがあるのか。
 まあ、これは笑い話に類するものでしょうけれど・・・。

 森林は誰のものか。
 ミンナのモノ という訳のわからん答えを耳にすることがありますね。
 なら、そのミンナってのをここに連れてきてくれ と怒鳴りだしたくなるだけで終わるんだけど catface

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