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15年も前の事など

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2007年10月

2007年10月31日 (水)

枯損幣の樹

やはり台風9号で中折れしていたソロを片付けたとき、折れた先には腐れが入っていたが根株側には比較的きれいな切断面を見ていたので適当に玉切りして3つ割り、持ち帰って旋盤に乗せた。

 今日は半端な天気。 定例清掃を終えてソロ(シデ)の器を粗挽きしてみた。 

 手順を追って写真を残しておいたが、最初に一番活躍したのが電気チェンソーE140.。

 旋盤を最低回転速度でまわしながらチェンソーでゆっくり凸部を削り取る。 低速回転ではトルクがないので、ちょっと力を入れれば回転は止まる。 削れた分だけ旋盤が少しづつ進む。 まるで誰かがそっと材を回転させてくれているよう。
 だからこんなことをやっても心配がないのだが、あくまで道具の特性にあわせて手順や手法を変えるTPOは、時に雑な作業に堕ちかねないので気をつけようと思う。

071031_110   ヤマで素材のきれいな部分だけを抽出してチェンソーで切り出してきた姿。  外形加工はバンドソーと電気チェンソー。 私の場合、太い生木の加工ではこのどちらもが必要アイテムになっている。

071031_109   これをコーンカットする。 口でいうと簡単だが、やはりキャッチを喰うとチェンソー以上に怖い作業になる。

右手首が腱鞘炎を起こしはじめて余りうまく動かなくなったのはハスク264チェンソーの使い杉という以上にRS2000やボウルガウジの粗挽きでの振動によるところが大きいようにおもう。
 071031_111  

 余り厚くしても割れ対策にならんだろう。 あまり薄くつくると仕上げで乾燥歪での変形寸法を吸収する余裕がなくなる。 今回の粗挽きは3cm厚にする。 測り方はクイッククランプ式の先端に孤のあるコンパスの親戚。 (← ちょっと用語がでてこなかった (--;  オフコーポレーションで調べたら早締め外パスっていうんだと。)

 この先端を3cm開いて外周から厚さ方向にアテガい、そのまま滑らせて先端の浮き加減を目視して感覚で把握する。 手持ちの8の字形をした厚み測定用具は、残念ながら脚がみじかくて(汗)器の底部まで届かない。

071031_112  2つのクサビを打ち込んでコーンを折り取るが、これは材に対してフェースワークだからできる話。 

 

071031_115_2  

 ガウジを研ぎながら細かい糸屑のような切削屑の具合を確かめる。

071031_113

 

 切屑の形状と飛散場所とに注目。 

 

 コーンを切り取る時の回転で器の表面に滲み出す樹液のシミにも注目。   案外と遠心力ってのは強いものだ

071031_114

コーンを折り掻いたあとの簡単な始末。

 

 こんな粗挽きした器を4年も乾燥させてから仕上げ挽きをする・・・ って、本当にそこまではちょっとやりきれない。 せいぜい頑張って1年、できれば半年程度で材に生じる歪を見極めて作品に仕立てたい。

 今回の材でこんな器が幾つできることか。

 荒々しい外形処理過程とちがって、通常の粗挽き工程に入ったとき、削っている刃物の切れる音と静かなモーターの回転音には思わずひきこまれて眠くなってしまう。

私の仕上げスタイルは、やはり安易な木固めエースか手軽なオイルフィニッシュの類になりそう。 本格的な漆仕上げは家族の皮膚アレルギーを考えれば無理っぽい。

屋外の雨避けした場で拭き漆程度のことだったらやれそうな気がしないでもないけれど、スペースは材の置き場との取り合いになる。

 いやはや、優雅な生活の中の小さな葛藤(笑)。  色々考えて時間の経過を忘れる。 どうりで秋が深まるわけだ。
(文章、リンク 投稿後修正 Nov.1,07 )

2007年10月29日 (月)

優雅な週末

昨日は台風一過のスカっ晴れの休日(毎日だろが)。 久しぶりに午前中から入間の欅の主宅へ。 

 予想はしていたけれど、玄関から声をかけてもやはり誰もいない様子。 勝手に玄関前のロータリー(豪邸なのだ!)に車を寄せ、雨避けしておいた短コロを積み込み、余った空間にみあうように横倒しのままの太幹を玉切る。
 芯に現れている五光割れをみてヒビに合うように3つ割りに。
そうこうするうちに宮司ご夫妻が透析先の病院からご帰宅。 ひさしぶりの訪問だったので改まったご挨拶をしたら、なんだか他にも欅を伐りたい農家があるとのこと。 車で3分くらいのところの奥まった典型的な武蔵野の農家の庭先で、伐りたいという欅を拝見した。

 欅はおそらく40~50年の幹分れの多い比較的コンパクトな樹なのだが、1mも離れていないところに屋敷内神社がある。 このお宮に影響しないように伐採するとなると、ロープで主幹に分幹を抱かせとるように伐採するしかない。

 率直に時間と能率、廃材の処理について、自分の作業限界の話をしたら却って好感をもたれた様子。 期日はいつでもいいからやってくれという事になった。

 うーん、欅を手に入れたいと思っていたころを考えると、今の境遇ってどーなっているんだろ。 なんとなく、幸せだったりする(←我乍ら単細胞的発想)

 カレンダーを1枚めくって(←本当は 紙のカレンダーなんかもってない)今日はIさんのヤマの枝降ろし。  SRTでの高低位置の微調整訓練が狙いだったが、それでも一人リギングでZIPラインを張って2本の大枝をおろした。
 やっぱしSRTの能率を考えると、DRTってのは辛いところがある。 なによりもロープに干渉してくる枝が決定的でない点が、まあ原理的に考えれば当然なのだが、設営上、楽で助かる。  DRTで干渉枝を回避するためにはスプリットテールなどの手を打たなければならない訳だが、あの半端なスプリットテールがなぜ5000円もするのか、と考えるとアホ臭くなってしまう。 スプライシングが厄介なことは判るが、せめて米国価格の水準の$28~30程度に抑えておいて欲しいもんだ・・・・(一部文言追加訂正 4.2.08)

 地際に巣を作ったオオスズメバチが群れて動きが激しくなっているので、近くに注意看板をつくっておいた。

 なんとなく、サンデー毎日。  引退生活なんだから、これはこれでいいのだけどね。

2007年10月27日 (土)

相応しい場を探して

手入れ地の中で、Iさんのヤマが少しさびしい(←勝手な理屈だ)ので、安曇野の孫娘は以前につくったトトロと目線をあわせる位置に置いてみることにした。

071026_1 

見合うトトロはようやく杉の赤味が枯れて、なんともよい感じになりつつあるように思う。

071026_3

 

ただし、このベンチのそばには大スズメバチが地際に巣をつくっていて、あまり気楽に人に出入りしてもらいたくないような気もする状況になってしまっている。

071026_4

 

  腐れ桧の丸太が余っていたので、通行人があまりそばに近づかないよう警告文を書いて巣の手前に転がしておいた。

071026_6

 

 今年の陽気では、12月になっても蜂は活動的なのではないか という話を聞く。
 ここは蜂にさされたりするような懼れのない、安らぎと労わりのヤマであって欲しいのだが、だからと言ってアンでもカンでも危ないものは排除するという姿勢にも問題があるような気がする。 

トトロで思い出した。 ところで(笑)、 先日の安曇野大会の思い出をアルバムに載せておいた。 すでに色々なブログで紹介されている見慣れた光景になっているかも知れないが、可愛い熊さんが可愛い熊の木像(チェンソー展示台)を彫っている姿を記録に留めたので、気のある向きにご照覧いただきたいものと思う。  作品は自然、作者に似てくる っての、ホントだと思う。

 ホゾ継ぎの講習をうけたら、この奥に翼を広げたオオタカを彫って置くようにしてみたい。  どんなヤマに変容することになる(汗)にせよ、ここを訪れる人が何か暖かく厳しいものを感じ取ってくれるよう力を尽くすつもり。 

(投稿後一部文言追加訂正 Oct27 19:20)

2007年10月24日 (水)

夢追いの夢は老いたり

安曇野の猛者たちと痛飲する楽しみは果たせなかった。 日の高いうちに現地に到着したものの、大会前夜の冷たい雨はキャンプサイトをすっかり濡らしており、会場を訪ねてみれば雨の中で丸太を会場へ運びあげている伴さんたちの姿をみて頼まれもしないのに雨中作業を買って出たのは性分みたいなもんだった。
 自分のテント設営は、だから暗くなってから。 ま、自分は今回は見学コースだと決めてかかっていたから、それなりに割り切った思いでいたのだが・・・ 疲れちうよりもむしろヤマの冷たい雨に濡れたのが、今回の敗因の一つだったかもしれない。

 日付のかわるころ雨があがり、濃いモヤの立ち込める長嶺山頂にアルプス超えの朝日が差し始めるころから、時々刻々霧の晴れあがる有様を目の前にしてみれば、優雅に見学などと決め込んでいられない若い気の高まりがこみ上げてきてしまった。
 それにしても、その朝が北アルプスの初冠雪にあたっていたとは・・・ なんと見事に晴れ上がりゆく霧の安曇野の朝の光景に ああ、これこそが早春賦に詠われた大地なのであった と思いだせば、心はいつしか現を忘れ、いまだ摑み切れないでいる夢の童女像の製作に揺れ動くのであった。

なんちって(笑)。

結論からゆーと、出場者に欠員があったので私も急遽ヘンシーンして参加者に。 年金はたいてでも来いって言ってた伴さん、会場の交通整理で忙しくってあまり構ってもらえなかったけど、ま、それはもともと期待してはいなかったこと。 一緒に遊ぶんだというのが今回の趣向だから、私は初心にもどって与作さんをウオッチすることにした。
 やはり大会で見事だったのは期待したとおり、与作さんのイーグル製作の手筋のたしかさ。 ほぼ半分まで見届けて得た結論は「私にはできない」という、これもまた予測したとおりの実力の違い。
 なんせハスクの346xpを宙に浮かせて確実にホールドしながら一気に繊細な切断面を丸太から切り取るのだ。 思わずため息がでたね あたしゃ。

 なんだかんだといいながら自分もすこしは心の火照りを冷やしておこうとMS260を取り出してはみたのだが・・・ なんとエンジンがなかなかかかんなひ。 実にラッキーなめぐり合わせで、会場に遊びに来ていたSTIHLの東京パイオニアさんが見るに見かねてエンジンをかけてくれて、ひとこと「かぶってました」  だって。
 初爆音を聞き逃してしまってチョークを引きっぱなしでスターターを回していたみたいだけど、普段は自分ひとりでエンジンを回す習慣が、会場では28人が一斉に、それもデカいエンジンばかりをブン回すわけだ。 ちょっと自分の心得の無さを噛みしめた瞬間ではあった。

 午後もまったりと続きを彫る・・・ という甘い考えだったのだけれど、どういう具合かそうは問屋がおろさなくって会場は別イベントに突入。

 細かいことを書き始めれば際限がない。 中途で終わった「日本の童女(わらべ)」像は体調の回復をまって川越のヤマで仕上げをやっつけ、ようやく一段落した。

071024_090  071024_089  

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彫りすすむに従って他のカーバーさんたちの技の切れの凄さがわかってくる。 なるほど、60を過ぎて見つけた夢ってのは、若いころから暖め続けてきた夢と同じ位相のものであるわけはない と納得するものを感じる。

夢も老いる。 人と同じように、老いる。
     チェンソーもオイル。  ・ ・ ・ 植物性の  オイル。

        ・・・   あ、あほー っ

2007年10月18日 (木)

二ヶ月ぶりのSRTタイ・イン

ブラックスネークロープを使ってのSRT登高はTCJのツリークライミング講習を終えてからまだ3度目。 ヒッチやらノットやらのロープ技術を色々使ったDRT登高より、アセンダーとストップを使うだけのSRT登高のほうが実はずっと早くて楽で簡単だ。  無論、フットアセンダーを併用すればDRTもずっと楽な登高が可能になることは確かなのだが。

 しかし、DRTが本質的にネバー・オフ・ザ・ロープの体系になっているのに対し、SRTでは登りと降下とがキッチリ断絶していて、可能性としてオフ・ザ・ロープの時間が存在し得る。 従って、SRT登高での樹上ワークではプルージックでの保安やフリップラインでの滑落回避策が欠かせなくなる。

 アセンダーからストップに切り替える作業では、保安のためのプルージックをHi側とLo側のアセンダーの中間に取り付けることになっているのだが、これらを取り付けた状態でHi側アセンダーを取り外すとき、ロープ上のプルージックをフリーになりかけたHi側アセンダーで押し下げてしまうことがある。 無論、この状況ではプルージックでの保安目的は無意味になってしまう。

 文字図解すると

    | ← ロープ
    |
    ◎ Hi側アセンダー   (ハーネス)
    |
    □ プルージック     (ハーネス)
    |
    ● Lo側アセンダー   (両足鐙)
    |
    □ ストップディセンダー (ハーネス)
    |

 今日の登高はこの点の確認が最大の目的だった。

 当然、Hi側アセンダーをはずす時はLoアセンダー・鐙に完全に乗った状態でHi側を無負荷にしておく。
 この状態では、基本的にプルージックにはテンションがかかっていない。
 外したアセンダーの在った位置あたりにプルージックをスライドさせ、体重がLo側アセンダーとプルージックとの両方に同時にかかるように一旦、調整する。
 引き続き、プルージック位置を上方に修正。
 全体重がプルージックで吊られるよう、幾度かLo側アセンダ(鐙)に乗ったりプルージックにぶら下がったりして適切なポジションを探したのち、ストップのロープを引いてテンション調整を行う。
 この段階の作業で、鐙足の力を緩めてぶら下がれば、プルージックとストップとの両方で吊られることになる。
 まだこの段階では、体重はストップに支えられるのでなく、主にプルージックによって吊られるようにする。
 Lo(鐙)側アセンダーは鐙を緩めることで無負荷となり容易に外すことができるが、この切り替えの工程では最終的にストップに全体重がかかるようプルージックを緩めてゆく慎重さが必要なので、鐙を踏んでLo側アセンダーに乗り、負荷を緩めたプルージックを手で引き下げ、ストップにかかるテンションを確認する細かい作業が必要となる。

二M程の高さで二度繰り返して手順の確かさをチェック。 カラビナの向きによってストップのレバー位置が扱いにくい方向に半固定されてしまうので冷静に最適の方向を確認。

 ストップをホールド状態にセットしておいて全てのアセンダとプルージックを取りはずしてようやく右手でビレイしながら降下開始になる。

 このやっかいな用具切り替わりの段階で、適正作業のため上下位置を調整する場合、このSRTセッティングのままで調整する方法が有効なのか、あるいは別途フリップ・ラインを併用してこまかい調整をするべきなのか、かなり工夫の余地がありそうに思う。

 もしかしたら、SRT登高と同時に、同じ木の別アンカーでDRTタイ・インを併用しておくほうが良いのかもしんない。

ん。

 今日のノートはここまで。

 明日は安曇野で超能力カービングの猛者たちと会う。  あー、なんて忙しい隠居生活だろ(笑)

2007年10月16日 (火)

千葉エコフェスタの作品たち

の中で、あ~ これは私も挑戦してみたい! と感じた懐かしいような一種のオーラを発する作品がいくつかある。
 そのうち、写真に(一応は)撮れたもので作者の了解を得ることのできたものを、印象の薄れる前に、自分なりの記録というカタチで残しておきたい。 071012chiba_080

これは阿部さんの「恋の予感」と題された水面に憩う二羽の鴨。
 この作品の真髄は、本当のところ写真ではまず、伝わらないんんぢゃないかと思う。

071012chiba_081

 あー 近寄ってみたってそれだけぢゃ見えないものがいっぱいあるんだよね。

 ただ近寄るんぢゃなくって、角度を変えてみてみよう。

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そう、二羽の鴨の間の水面には落葉も浮いていれば波紋も広がっている。
 その広がりは、この番(つがい)の間に流れるゆったりとした時間を刻んで 穏やかだ。 

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この鴨の表情と、その嘴のわずかな動きにつれて広がる小さな波と。

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二羽の間に交わされる対話を象徴するものは、浮かぶわくらばであるのか、あるいはわずかな動きを余さず伝える漣の広がりであるのか。

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鳥の優雅な動きは、やさしい曲線を描く首の表現に顕われているのだが

 

 

 

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 あへて互いの視線をあわせずとも、番の鴨の間に結ばれている「つながり」の強さは

  

 

071012chiba_088

 

 

 その波紋よりもさらに深く二羽を結びつけて確かである。

 

 

 

 

 

 

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  この穏やかな、細やかな時間の流れを彫刻に刻むとしたら、水面にゆれる病葉こそは相応しい。

 

071012chiba_091

 

 いや・・・

 

  待て待てっ!

ちょっとタンマぢゃ~っ!(汗)

 互いのその信頼は、決して裏切られる事はない・・・  

って信じててもいいんだよね?   

 何故か 隠れた後ろ足で別の波紋を立てようとしている鴨の姿を彫りこんだ音やんのこの作品には、ある種の男の美学(?!)なども隠されている・・・ の かも知んないなぁ~ と思っちゃったりしたのでありませり。 あーれー? なんでだろ?

むぅっ  またしても天に唾吐いた  ・・・ かな?  (汗) 

 ちゃん♪ちゃん♪

2007年10月15日 (月)

萌え尽き症候群(?)

ん。 燃え尽きるんぢゃなくって、燃えて萌えてもだえて萌え尽きた千葉大会。 今回もテーマは児童像で挑戦して 予想通り砕けて散ったが、まあ、自分なりに全力は尽くしきった。

いくら携帯付属のカメラでも、この画像の品質は顰蹙もんだろうってレベルの写真はいっぱい撮ったが、ここまで作品のレベルが上がってきた大会では主催者が発表する公表写真を待つのがマナーかもしんない。
071012chiba_048

まあ、自分の作の写真なら別に遠慮はいらないだろうから、いつものようにあつかましく掲載しておく。

 ちょっとシリアスなミスカットに躓いて挽回しきれなかった恨みが残ったが、これで私の第8孫女ということになる。

  

071012chiba_050 参加賞の長柄味噌ぢゃなくって、ちょっとだけ いつもの手前味噌を・・・

 なんとか笑顔は表現できているのではないか。

  この段階ではまだ納得しきれないから、もうしばらくは児童群像を描きつづけるつもり。

071012chiba_051

タイトルは 見送る赤トンボ とした。

 それにしても、本当につかれきった大会だった。

2007年10月 8日 (月)

入間の欅

先日持ち帰ったままの欅の短コロ、思い切ってグリーンのままで挽いてみた。

Dscf0007_2

半割りにしたやつをまずはバンドソーで挽ける寸法に切り詰めて丸く角を落とす

Dscf0009_2

たぶん、これで欅の紅白が出る筈。

  それにしても生の欅ってのはバンドソーの刃に目詰まりを起こしてやりくにい上に皮が硬く、簡単な挽き引き割りでも結構手間がかかる。

Dscf0010_2

旋盤にかけて、全体を丸く加工したが重心が寄っているらしく低速回転でも振動が大きい

Dscf0011_2

2つに等分して高速回転で加工できるように下準備をする。 それぞれが180Φx120hの素材になった。

1/2の材を更に抉ってボウルを2つ(3つ)製作する、

Dscf0012_2 仕上げはいつものとおり木固めエースを1/2に希釈してたっぷり含浸させる。

 しかし、今回はグリーンのままでいきなりの木固めだから、変形歪や酸化変色などの結果がどうなるか、いまのところ確かな見通しがたっていない。

 器の厚さは縁で3mm、底で5mmとした。 本来の粗挽きなら1桁厚みが違うだろう。 これで割れが発生するかどうかも興味がある。 

ま、結果論だが、筋肉の痛みから考えると、旋盤作業もチェンソー作業とおなじくらいに腕に負荷がかかっていることになりそうだ。

ガウジの砥ぎはかなり頻繁。 最近ではフリーハンドでの研磨が多くなってしまった。

 コアリングでつかったロバートソービーの2mmパ^ティショナが1つ、ハンドルの付け根で破断してしまった。 焼きいれのきついHSS材だったが、タングステンだか何だかの処理がしてある金色の綺麗な道具だったのでちょっと惜しい。 うまく再利用の方法を考えなくっちゃなんない。 ちょっと辛い。

2007年10月 6日 (土)

これって裏技?

チェンソー彫刻ってのはとことんデタッチのみ、削ってしまったらハイそれまーでーよ ってのがお約束。 おまけに材の芯のあたりに彫刻テーマが位置することが多くて、そこまで彫ってみたら ナント! そこには埋まっていた節が見つかったり、カミキリ虫のトバッチリを受けたトビ腐れがあったりして がびーん となることが多い。

 実は今日もその所謂 がびーん。 花瓶ぢゃなくてガビン。

 懲りない孫第7女に挑戦して折角彫りすすんでようやく顔の表情を作りこむ段になってから埋まっていた節がビロっと顔を出したりする。  最近は人物にも少しなれてきて、顔を彫るとき、頭部全体をかなり大きく余裕を持たせるようにしてあるので逃げをうつこともできるようになってきた。

 今回は顔を節の分だけ傾けてごまかすことにしてみたけど071006_003

さあ、その結果は顔だけ救ったつもりだけれど、全体に表現っちゅうか、バランスっちゅうか、そういうものが滅茶苦茶になってしまった。

 最初はこの顔、もっと正面のもっと上をむいた位置をイメージしていたんだけど、この像の右耳のあたりにくる節が顔の中心にきてしまったのでこういう向きに直してみたわけ。

 確かに顔の大事なポイントにでっかい節がくるのは困るんだけど、この逃げの結果は顔と左手の距離が短くなりすぎ、大切な指の表現スペースが無くなってしまっていた。

うーん。 こーゆーのって、逃げたようで罠に落ちたよーで、なんか納得できない不満が残る。

 本当はどういう逃げ方をすればよかったのか、しばらく頭を冷やして考えて・・・・ もいまさら無駄ってことかもしんない。

とにかく、今、自分が彫りたいのは賢治のテーマにつながる「何か」。  永訣の朝 までとは言わないが、そういうひたむきなものをが自分が表現できるものかどうか。 他人の家の屋根でおわわぁ~と鳴いてみる中也の世界も面白いのだけど、今彫りたいのは やはり風あざみの揺れる又三郎の舞台。

071006_005 

 たぶん、明日になれば思い切って大幅な修正をしたくなるだろうけれど、一応これがジャスト3時間だった。 

大会のメインテーマは 「生きている仲間たち」。 

 千葉大会では4時間あるんだから、もしかしたらディテールまでちゃんと彫れるかもしんない。

 ちゃんと、生きることの意味をおおらかに肯定する何か、にまで昇華させてみたい。   還暦過ぎてから童心に戻りつつあるせいか、結構マジに、そう思ってる。

2007年10月 4日 (木)

プレゼントをいただいた

上越大会での吾が第6孫女の写真、自分の携帯付属カメラでは冬の風呂場のガラス戸越しの写真みたいなのしか残せなかった。 残念に思っていたら愛のカーバー饗場さんが2枚の写真を送ってくださった。

N1

 ありがたいことに、この写真の仕上げ具合は競技打ち切り合図後の撮影になっている。 手の表現に結構苦労したつもりだったので、画像をここまで明確に調整していただいたのは実に嬉しい。

N2

こうやってみると、雨も 水溜りも 立ち泳ぎも ミスカットも さることながら、根本的なコンセプトがイマイチだったことに思いが至る。

 やはり実力で作品自体にすべてを語らせる心意気がなくっちゃなんないよね。

 ホタルを放すときの手はもっと上に位置させなくっちゃいけないし、指の表現はもっと繊細に少女の気持ちをあらわしていなくっちゃ・・・・

って気がつくってことは、やればそういう表現ができるってことでもある訳だよね。

 気がつかなければいつまでたってもできないってことである訳でなんだし。(← 一所懸命に弁解している)

 おー、 本当に千葉大会、もう来週なんだよね。

 どーしよー(← 焦ってる)

2007年10月 1日 (月)

この物凄い人たち

9月末日の上越大会は去年と同じ宿、同じ会場。 違ったのは幾人かの参加者の顔触れ。 今年の参加は14名。 すでに幾人もの顔見知りができて親しい会話もさせて貰えるようになってきた。

070930_057

廃校になった月影小学校

 その校庭のメタセコイアの樹も、みな去年と変わらないのだが。

をっと、大会の話だったっけ。

 今回、特に感動的だったのは千葉の栗田さんの作品。 アライグマとそれが獲物として狙う鮭たちとの、地上界と水中世界との対峙光景がいつものように見事なチェンソーの切り口で描き出されていた。
 やはり傑作の実物を見られるのは、それがいつかは自分も目指している境地だから、その作品が優れていればいるだけに感動的だった。
 また山形の栗田ヒロさんもダボ継ぎの工夫をいれて、わずか30CM径程度の材を横につないで幻の日本狼を表情豊かに彫り出していた。

 一人ひとりを数え上げればいつまでたっても文に区切りがつかなくなる。 雨にたたられながら、とにかく参加者全員がベストを尽くした大会だった。

 あ、無論、私だってベストは尽くしきったつもり(笑)。

正直、何を彫るかまったく決めていなかった。 やはり森の生き物たちというテーマなんだからフクロウとかリスとか栗とか(汗)・・・ しかし、今の私にはどれも今ひとつ納得のいかないテーマだ。
 里山なんだから主役は人間だろう。
 ならば、環境保全のバロメータとも言われるホタルを人との関係で私流に描くしかない。 (←いつもの我田引水癖がでてるね)

 でっ

 ホタルを手のうちに捕らえた少女が、その両掌の中につつんだホタルをそっと逃がした瞬間、目は飛び去るホタルを追い、足は少女の内面を偽らず今しばしホタルを自分の許に置きとどめたい願望を表している・・・ような、そういう像のつもりで3時間にわたる自分と雨と材との格闘。

 写真、みてくれる?

 070930_094

 あっと、これは間違い。 こっちはヒロさんの日本狼の写真だった(←わっざとらしひ ♪)

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そうそう、私のはこっちの写真。

 今回は特に割り当て番号が雨水のよく溜まる場所だったので膝を着く姿勢がとりにくく、足周りのミスカットがやたらに多かった。
 その分、ある意味では良い教訓にもなったような気がしないでもないでもない。

(↑自分でも何いってるんだかわかっていない)

 前夜祭のウエルカムパーティで痛感したのだが、やはり年ごとに体力が削り取られていく現実がある。 酒もめっきり弱くなってしまったし、気のせいか頭痛がのこっている。

 今日は一日ゆっくり休んで明日の欅材搬出作業に備えておこう。

 このブログを見てくださり会場で声をかけてくださった方、色々と有難うございました。  来年は一緒に彫る仲間として出会えると嬉しいです。

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