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15年も前の事など

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2007年9月

2007年9月28日 (金)

君の目にトンボは見えるか?

第二回東日本チェンソーアート大会の前夜祭で呑んだくれたとき、某Sさんの芸術論、っちゅうか、チェンソーアート論っちゅうか、そういうものにひどく感心した記憶がある。

 少年が指を突き出して、その指先にトンボがとまる。 そのトンボを彫らないでトンボが表現できないか という話なのだが、大いに意気投合するものがあった。

 昨日、「愛蔵版 少年時代」という藤子フジオ(?)氏のコミック本を中古市場から入手した。 富山に学童疎開した少年(柏原平三氏)の一夏の追憶「長い道」を漫画化した作品だとのことだが、結構コミックは嫌いでなかった筈の私の記憶にはまったくカタチをとどめていない作品だった。
 入手してその分厚さに萎えるものを感じたが、昨夜、気力を奮い立てて一気に読了。 なるほど、少年時代がメルヘンであった過去の所謂文学的な素養は、こうした近代文学の誠実さの前にあっけなく意味を喪っていったのだな、と柄にもなくエラそうな感慨を持つ。
 この漫画が少年誌に連載された昭和53年というのは息子が小学校に入学したころにあたる。 ハード屋でありながらソフト屋の不手際をカバーするような仕事に追われ、納期の催促に尻をたたかれながら無我夢中で徹夜残業を繰り返していたあのころ、漫画を読む精神的な余裕さへなかったような激走の記憶だけがよみがえる。

 いささか憮然とした思いを抱いてチェンソー作業場へ。

 そして、あくまで自分の少年時代の一番美しかった記憶を創作すべくチェンソーを振るう。

 Ca390042

写真が不鮮明なのは ご愛嬌! ということでよろしく。

これを以前に作成した少女像と組み合わせてみると・・・

Ca390049

う~ん、これはちょっと違うかもしんない。

 女の子は「そんな顔して何やってるの?」としか思っていないだろうし、大体、目線が指先に集中していないぢゃないか。

なら、これはどうだろう

Ca390052

を、ちょっと雰囲気がでてきたかな。

 少年の指先に少女の目線が・・・ん、なにかいい感じ。

  あー、これで私のトンボは指に留まった ことにしてしまをう。

Ca390043

それにしても、指を前に突き出しただけでずいぶんとチェンソーの取り回しが難しくなるもんだ。

Ca390064

ん、今の私にとっては、この少年像が「少年時代」そのもの。

思い返せば賢治像にショックを受けてチェンソー彫刻にのめり込み、大会前夜祭では呑んだくれとアート論を語り合い、挙句の果てに一人川越の森で杉の丸太をあいてに♪少年時代♪などをハミングしながらチェンソーを扱う羽目になっちまっている。

 やっぱし東日本は詩人の巣窟だったんだわ(笑)。

2007年9月25日 (火)

第三段階終了(+補足)

昨日は足場整理と枝葉の片付けで半日を終えてしまったが、今日は山仲間のチル引き応援を得て、いよいよ欅の伐採に入った。 

 やはり詳細(?)は仙人さんが送ってくれた写真をアルバムに入れて記録に残しておく。 仙人さんにはメールサーバーの不達トラブルを克服するのにずいぶん時間をつぶしていただいた。 ありがたい。

Forestwork070925_011  主な反省点は杉ヒノキの感覚で入れた斧目が浅すぎ、楔とチルとで引き倒したときに根株からの裂けが入ってしまったこと。

 この浅すぎる斧目の持つ意味は凄く大きい。

 はっきり言って、これぢゃぁツルの意味がなくなってしまう!と言う位に重要なポイントだ。
 伐採時に傾いたときの方向は正しくツルの決める方向になっていたのだが、最終的に横たわった角度は、最後の段階でこの根株の曳きが効いてしまい、先端で1.5mも右方向に大きくずらせてしまっていた。

 むろん、ツルの他にも、裂けが発生すると材の利用可能部分がなくなってしまうという問題もある。  これについてはあらかじめ受け口側から芯切りをいれておいたり、幹にロープを巻いて裂けへの対応をしておいたのが効果的に効いていた。 伐り痕が汚く見えるのには芯切りで突っ込みをいれた痕も目だっている。

Forestwork070925_012  

それにしても、写真に写っているように、根元1mのあたりに万が一の為の保安用ワイヤー架けをしておいたのだが、そのワイヤーをくぐるような半端な姿勢で追い口切りをしたので、残されたバーの不正確な軌跡がしっかりと冷酷に記録に残ってしまった。 

ま、実力がこんなもんだから見栄を張ってごまかしても仕方がないけれど、こういう記録を残すと、これを反面教師として利用したがる妙なのも出てくるかもしんない。 しらないけど。

Forestwork070925_017

正直、欅ってのは裂けが怖いと聞かされてきたので芯切りをいれたりロープ巻きをしたりして半分及び腰の部分がのこっていたんぢゃないかと思う。 それと、MS260、そろそろ目立てしとかないとなー 。 

腐れは下の根株側は思ったより少なくロスになったのは1.2m程度。 ただし五光割れはしっかり芯に入っていて、板挽きをして使うしかない材になってはいた。

しかし、ですよ。

 最初からわかっている問題、つまり材としての搬出方法が、この木をどのように使うかというイメージと裏表の関係になっていよいよ解決を迫られてきている。

 半割り丸太にして積み重ねて乾燥させ干割れを防ぐことも当然想定しているのだが、基本的には厚い板材に挽いて木工旋盤で回したいってのがメインになる。 その他にも、テーブル状に厚い板にしておけば色々な局面で使いまわしが効くだろう。 さて、どうする?

その前に、自宅での置き場をどうする (^^?

う~ん・・・・  (← 最近、こればっか)

(2007.9.26 一部加筆訂正)

2007年9月21日 (金)

第二段階無事終了

風倒した欅の第二段階、つまり折れて5m根株に寄りかかっているカタチの欅の幹を16mmロープで吊りながら順次枝先を切除、無事に地上に切り下ろした。
 午前中はロープの買出しで結構時間をくった。 当初は斧目をいれておいて引きずり倒すような乱暴なことを考えていたのだが、3t耐荷重のロープを20m入手できたので(結構な出費だった)丁寧に切り落とすことにした。

Ca390022

 記録はいつものように(PCを借用してるのでちょっと違和感があるんだけども)アルバムに載せておいた。

 結果的にはすべて計算どおりに処分できたのでかなり満足。 しかし、切り倒したあとの材の搬出には、嬉しいのと大変なのとがごっちゃになった奇妙な感覚がある。

「少年時代」という曲は

井上陽水の大傑作だと思うが、あの詩の中の「風あざみ」という詞に少しこだわりを感じている というのが今日の私の佛草(ブツクサ)のテーマ。

歌を知らない人がもし居たとしたら、次のリンクを参照してください
→ http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/01/post_8e99.html

 この歌のメロディと詞とは、疎開世代の、あるいは疎開という言葉の意味を知っている世代の想像力と結びついて、ある種の喪失感を伴った感傷を呼び起こす。

 だが、私の周辺ではみな映画の主題曲であることばかりにこだわって、不思議なことに誰もこの歌を昭和20年代の名作ラジオドラマ 「風の又三郎」 に結びつける人が居ないのは、ちょっとさびしいような気がしないでもない。
→ http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/card462.html

 又三郎君、すなわち転校生で鉱山技師の子、高橋三郎君との短い夏の日の邂逅と、放牧馬を追い駆け迷った草原の中の、風にゆれる背の高いあざみの花の記憶を短編にまとめた宮沢賢治の童話は、今では別の物語の中に時代と背景とを変えて受け継がれ語り継がれているのだろうか。 
 又三郎君はせわしなく鉱山事業所を渡り歩く父親の転勤にあわせて短いひと夏の記憶を残して去っていった。
 「少年時代」の主人公の、疎開から帰京までの短い季節の物語として記憶される感傷と、疎開先から戻った少年が箪笥の上の5球スーパーのダイアルを合わせ聞き入った連続ドラマ「風の又三郎」の遠い日の記憶と重なり合う。

 そうだ、アマゾンでまだ読んだことのない少年時代という中古の漫画を買ってみよう。 

 今朝、里山への途の脇に 色の薄いあざみの花を見つけた。 またひとつの夏が終わろうとしているようだ。
 

2007年9月17日 (月)

びっくりしたなぁ もう! Part2

朝の散歩を終えて白菜畑(?)へ。 なんと、無農薬素人菜園の悲しさ、折角芽がでていた白菜、キャベツ、ブロッコリのほぼ7割が根きり虫やコオロギにやられて空っぽのむなしいマルチの孔がほよほよと秋風に ・・・

 ま、毎度のことだからしょうがないと諦めて追い蒔きをする。 ただし、種の品種は8月25日に蒔いたのと同じってワケぢゃない。 品種名は「あこがれ」。 ん。 種の袋の印刷をみれば白くずっしりとした尻の曲線がなんとも・・・・っとっと、この調子でいくととっちんしゃんのブログと同じよーな展開になりかねないから 今日はそれは やめっ(←きっぱり) にしとく。

 んなワケで今日の午後はまたしても入間糀谷の宮司さん宅へ伺う。

Ca390024

とにかくこの風倒木の処理は3つのステージに分けて大げさにする。 舐めてかかって良いような樹なんてものはどこにもないし、ましてこれは生涯2度と経験できないかもしれないような、この入間の地に戦前からずっと根を張ってきた欅の大樹(?)なのだ。
 その最初のステップの林内整理と、竹林に絡みこんで倒れた欅の梢の分離が今日の作業。 当然、勤労奉仕だけど、見返りに欅という材をいただける。 これってなんか申し訳ないと頭が下がってしまうほど嬉しい。

下の2枚の写真は Ca390009 Ca390023

これでも 劇的ビフォァアフター (^^!)のつもり

 細かいことはフォトアルバムにコメントをいれておいたのでその気とヒマのある方(ほょっ、もしかしてこれって、あ~たのことかも (^^: )は見ておいておくれぇ~
 まあ、基本的には真夏日の午後から始めた3時間半の欅との格闘(って大げさかな)の記録だけど、流石に孟宗竹とからみあった巨大な倒木の複雑な梢の中に入り込んでMS260チェンソーを振り回すのは(それも目の高さよりも上で)いくら防具を付けていても慎重になる(←当たり前だ)
 余力を残して処理を切り上げ、安全運転(←というよりエコラン)で自宅に戻ったときは 全力を出し尽くしたという手ごたえがあった。

光熱費フリーのシャワーをあびて、シャンプーしながら

   ん~ まんだむ。

   今日も一日なんとか無事だった。

      ん~   なんまんだむ。

(写真追加 070918 )

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2007年9月14日 (金)

必要は発明の母?

まあ、余りRiggingについて詳しい訓練を受けた訳ぢゃないし、テキストでも詳細を記述しているものは少ない。
 ましてや、ソロで枝降ろしを企むような人間は最初からあまり相手にされていないような雰囲気のあるアーボリストの世界だが、毎回応援をお願いしても何も挨拶できない懐具合って情けない現実がある。 やっぱし単独で何かできるようになっておかにゃあならん。

 重い枝を降ろすやり方には少なくても3つのコースがありそうだ。 そのうちの2つ(◎ロープ3点支持で全体を横に振ってから下へ降ろす ◎無支持の枝でツルを利用し、重力に従って枝をお辞儀をさせてから降ろす)はこれまでに実際に試してきたが、3つ目の方法として、ターゲットになる枝(幹)を本幹に抱かせてしまうという考え方もある。
 この目的は、切除した枝をその樹の根元に一旦着地させ、地面で重量を解決しておき、抱かせた本幹から開放する過程をゆっくりと管理してやるという発想であって前例を見たことも聞いたこともない。
 まあ、自分の非力さを滑車やチルで補強するにしても、本当の筋肉の実力でカバーしなければならない局面を可能な限り潰してからかかるのが私の戦略ということになる。

 で、今日のブログは第4の方法。
 つまり、以前から気になっていたスピードライン。
 これは枝降ろしなどの作業で切除したブロックをワイヤー伝いに目的の集材点に搬送する手法それ自体を指して言う言葉のようだ。

 確かに太い重い枝であればテキスト通りに数人の協調作業でスピードライン上の材をコントロールする必要があるが、人間の体重程度のものであれば、枝上からその搬送作業を一人きりでコントロールできてもよさそうなものだ。

 無い知恵を絞って自分なりに考え出した方法は名付けて回収式スピードライン。 

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2007年9月13日 (木)

びっくりしたなぁ もう!

朝9時から先週訪問した入間の宮司さん宅へ、今日は台風9号風倒杉始末の周辺腐れ杉たちの後始末。

 午前中はいつものとおり、とにかく汗をかくために汗をかいている感じ。  歩測で概略4mに玉切りした材を道路際に積んでゆく。

Ca390017

とにかく伐れば掛かり木になるヤマだから、この程度の伐採&集材でも結構時間がかかった。

で、昼の休憩のあと、このヤマの奥のあたりを歩いてみて 驚ろいた

 まあ、最初はごく普通の美しい屋敷林の風景だ・・・と、思うでしょ?

Ca390023

 え? 思わない? この写真だけで気がついたあ~たはエライ!

 あたしゃ気がついた時、腰が抜けるほどビックリしたんだな、もう。

何故って、私が口に出して聞くまで、この屋敷の住人の宮司さんご夫妻からして全然ゼンゼンなんにもまったく気がついていなかったんだかんね。

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2007年9月11日 (火)

小楢の板材

台風9号で風倒した小楢の短コロ挽きを2つ、簡易クレーンでエスティマに積み込みチェンソー練習場で板に挽いた。

Ca390004  Ca390008  

 

 

 

 

端切れは焼却処分

Ca390010  

 

 

 

自宅に持ち帰ったら置き場がみつからない(汗) そろそろ材料置き場をきちんと作り直す必要がある。

 それにしても、たかが短コロ2つで車のサスがやばくなった。 コナラってのはこんなに重い材だったんだ。

 チェンソーで乱暴に板に挽いて、これで皿(プレート)を作ってみるつもり。
捨て材を接着してフェースプレートをネジ止めして挽く角皿。 グリーンのままでやったら後はどう狂い(ワープ)がくるんだろ。 

まだ短コロは残っているが、それをどうするか・・・ 消費される体力との相談になるのが年寄りの辛いところだ。

2007年9月 9日 (日)

入間の風倒杉

9月8日 朝イチで入間の宮司さんから電話があり、台風9号が裏山の杉を倒したとのこと。 詳しく聞くまでもないので本日の大枝下ろしの予定を即時変更、片道20kほどの入間糀谷の宮司さん宅を訪ねた。

 由緒ある神官の家系らしく広い栗林では下刈りの跡が奇麗に片付いている。 年に5回の下刈りをするのだと聞いたが、草刈機を潰したので買い替えなきゃならないと言う話でなんか変な流れになった。

 私なんかの感覚では草刈機といえば刈払い機のことで肩にかけるエンジン付丸鋸という頭しかないのだが、なんと宮司の奥様の言うことにゃ~最低でも5馬力は必要なんだと・・・・

 う~ん、それってもしかしてハンマーモアのこと?

 確かに広いことは広いのだが、ハンマーモアを個人用に使うって、それも私よっか年上の小柄な女性が自分で運転するの?

 いやあ・・・ 参った。

 去年の暮れに頼まれてサルスベリの高枝を切り落とした御庭では腐れもなく無事に今年もサルスベリの新枝が形良く伸びている。 あのときは癒合剤などは無用でエンジンオイルでも塗っておけと言われて面食らったものだが、こうして無事に経過し、ちゃんとコブをつくって切除痕を自己修復している木の姿をみると、内心つくづくホッとする。

 さて台風の痕の裏山だけれど、ここはゴン太の紅葉と白木蓮が数本あってそれぞれが家一軒分くらいの空間を占有している。 その合間に杉が植林されているのだが、どれもあまり生育がよくない。  その中にほんの7~8本、目通りで30cm径程度の杉があるのだけれど、そのうちの公道沿いの1本が根元のところで腐れが入っていて台風9号に耐え切れなかったものらしい。

Ca390001  

 

 

 Ca390002

 

 

 

 写真では判りにくいのだが、後ろの白い建物の手前に3m(?)幅の公道があって、照明灯が設置されている。 

やばいなあ・・・ この掛かり木を元玉で落としたらセオリーどおり木が直立してきて最後には今掛かっている傾きと逆方向に倒れこむことが見え見えだ。 つまり、素直に処理すれば公費で設置された照明灯を壊してしまうことになりそうだ・・・ うみゅ~。

 土は軟らかいから元玉を落とすたびにこの幹は土に深く突き刺さる筈だ。 木の下側を曳いて全体を引きずって下ろすのは1t程度のチルではとても無理だ。
 どうしてもその方法をやるなら杉の根元にトンネルをあけて適当なレールを突っ込み、トンネルの両側を刻んで滑り落とすハスクのフォレストデモと似た方法をやることになる。 そこまでするにはちょっと公道までの安全距離が足りない。

 已むを得ず、ロープ2本掛けで倒す方向を抑え、安全確保しといた上で、細かい元玉落としを繰り返すことにした。

 実際にロープ掛けをした人ならわかると思うが、最初の写真のロープはどうやって掛けたか。

 ヒントは同じ写真の右に写っているデカいパチンコ。 (← ビッグショットと呼んでくれぇ~い)

 これで枝の隙間を狙って鉛入りの皮袋を飛ばし、樹冠の茂みを突き抜ける。 その皮袋にはリングがついていて、そのリングにはジンギットラインがついている。
 そして思惑どおりにラインを設定したら、皮袋をはずしてロープをクラブヒッチ+ハーフヒッチ3点でひっかけてロープを手繰り上げ、写真のようにセットして末端のエイトノットをチルで曳く段取りになる。

Ca390006  

このほかに2本の細い病み杉を伐倒し枝を奇麗に払って土地境界ライン上に積んで整理した。

 無論、平地での杉が相手だから伐採方向は先端で1mと狂わない。 洒落っ気をだして2本とも根株に載るように倒しておいたのだが、その切り口が牡丹滲みで貧弱に痩せていたのが印象的だった。

 全部の掃除が終わった時にはもう3時。 持参した2Lの水は午前中に全部汗になってしまった。 めっきりぶり返した暑さが堪えるので意気地なしを決め込みギブアップ。 掛かり木になっている杉は片付いているので、あとは来週と約束をして今日は引き上げることにした。

 ボランティアの心算で行ったのだが、宮司さんはそれではいけないという。 本当はそういう気持ちだけで私は十分なのだが、色々と気配りをしていただいたものを無理に押し返すのも角が立つだろう。 今回は有難く頂いておいて、次回はこっそりと(笑)処分して帰り際に挨拶するだけにしておこうか。

 なんといっても、掛かり木の怖さを知っている地主さんはヤマの仲間みたいなもんだし。

2007年9月 7日 (金)

台風9号

旨いお茶を淹れて歓迎していた訳でもないのに、台風9号は富士山見物をした後、まっすぐ我が家へやってきた・・・ ホントに川越上空をピッタンコ、コースを選んだのは台風の勝手だが、選ばれたほうは気が気ぢゃぁなかった。

 手入れ地を見回って幸い大きなダメージを受けた木は見当たらなかったものの、自転車での帰り路で目についた駐車場脇の小楢の倒木・・・

Ca390001

んー 幸い下敷きにされた車は見当たらないけれど、この片付けはまた山林所有農家の負担になる。 経費ばかりかかって利潤を生まないヤマはますます疎ましく嫌われることになる・・・ そう勝手に連想したら なんだかいたたまれなくなってしまった。

 あー 我乍ら嫌な性格だ(汗)

んでもって、地主さんの連絡先のこころあたりを近所の人に訊いたりしてみたがなかなかラチがあかない。 しょーがないから近所の駐車場で連絡先看板がたっているのを片っ端から電話して地主さんを探した。

 幸い、あたったのは誠実な駐車場の管理会社ばかり。 昼ごろには地主さんも駐車場にやってきて処理の了解を得られたので、山形大会で使ったばかりのチェンソーを取り出して枝落としと玉伐りで片付けた。

 しかし、ですよ。 

 しかし、その根元の腐れ方をみると、このヤマを歩き回ってゴミを捨てるような近隣住人たちにひとこと何か言いたくなってしまう (そんなことを口にしても広がるのは迷惑の輪だけだとわかるんだけどね・・・)

Ca390002

ま、返らぬことをウダウダと言うってのは老化現象のうちだろう。 

 枝に緑の葉を茂らせたまま倒壊した小楢はまだまだ生きていたかっただろう。 そう思えば、このめぐり合わせをそれなりに活かす方法を考えたい。 

 玉切りした楢材は許可を得たので、明日にでも使えそうな部分を縦に挽いて持ち帰るつもり。

01

 

 

 

 

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 持ち帰って何にするか、やはり芯材をつかったプレートあたりが無難かな。

 乾燥半年、粗挽きして1年。 仕上げは再来年の末あたりになるんだろうか。 ちょっと気が早すぎるかもしんないな・・・

 本当なら値がついてもおかしくないような60年生の小楢の木。 大胆に切り捨てる部分も必要だが、やはり大切に挽いて人に喜ばれる器に置き換えたい。

2007年9月 4日 (火)

木洩れ陽の里

Ca390007 ってのは、こういう風景でいいんぢゃないかと思う。

 

Image01

 

 彫ったばかりで未だ湿っている根株は、うっかりすると足を潰しかねない かなりの重量。

 2x材で作った簡易クレーンでゆっくりと像を下ろした。 

Ca390006  

  

  

 

 

 

   

 

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2007年9月 3日 (月)

君は燃え尽きたか

と言われて ムカっと来ちゃう ってのはしっかりと若い証拠。 私なんざこれまで幾度も燃え尽き果てておきながら図々しくも今までヨロヨロと生きながらえてきてっからね~ (汗)  聞かれたら素直にハイって答えちゃいそう。

 ただ、今年の山形の東日本チェンソーアート大会では、材の割り当てが決まったとき、燃える前に崩れおちそうになったYO

P1050006 (07.09.07佐藤さんから送っていただいた写真を追加)

 完全にへこたれた顔してるね 我乍ら・・・


 幸い、隣の比較的細い材を引き当てた佐藤さんがゴン太材のほうがご自分のテーマには好適だといってくれ、私の材と交換してくれたからまだ良かったようなもんだけど・・・ 比較的細いってったってア~タ、それでも短径で70cm超える金山杉の根株ばかりだったなぁ~ (← 過去形ねぇ~ やはり燃え尽きているみたい)

Zai

上辺で最小径66cm だって・・・

Zaisize  

 

 根株だから下のほうは皆んなこーなってるんだよね・・・

 

 

 

 (誤字訂正 07.09.05)

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