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2007年8月 1日 (水)

「賢治像」から「叱られて」へ

インターネットで城所さんのチェンソーアートを知り、2日間の特訓でようやくフクロウを彫れるようになったばかりの頃、与作さんのBLOGで宮沢賢治のフロックコート姿の彫像を見た。

 あれ以来、自分もいつかは人物像をと思い続けているのだが、何故人物なのかというと、それこそその彫像がかもし出す雰囲気が人物とその他のものとで異質といえるほどに違うからだと思っている。

Dscf0008

今入れ込んでいる人物像、題して 「叱られて」

 先日、ちょっとだけヨと掲載したものに手をいれてある。

さて、顔の表情よりもむしろ足許に作品を語らせるという狙いはどの程度達成されているか。

一応、狙いとして右足の踵を大きくあげ、これが歩行中のショットであることを示したい。

 あ、無論、これは作者としての願望だからね。 ちぃ~っともそうなってないぢゃん と思っても、それはカラスの勝手ということで よろしく(笑)!

この顔の部分はまだ粗削りのレベルを抜けていないが、やたらに節と腐れとが入り組んでいてバーが振られてしまう。

Dscf0004 左足の爪先はほんの気持ちだけ上げている。 狙いは、歩行中といっても、叱られて家に帰るかこのままどこかへ行ってしまうか、進みあぐねココロの迷いがある姿のつもり。

Dscf0005

爪先は少し内股を強調して心の中の葛藤をイメージ。

Dscf0006 Dscf0007

さて、実際の顔の表情は、ってえと、仕上げの段階でもっと俯(うつむ)かせて手にした「あるもの」に視線を集めるつもり。 

 そうすることで顔の表情の失敗が致命傷にならないよーに って なんかセコイ事考えてる・・・訳ぢゃないんだけどね(汗)

手に持たせるものは何かなぁ~ ・・・ んーと・・・ てんてんてん。(笑)

ま、こういう長ったらしい弁解を 「口で彫る」 っていうんだけど(^-^)

(誤字、削除部分訂正・追加 8.2)

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コメント

私の勘ピューターから察するに、手に持たせるのは捨て猫ですね!

どうでしょう♪

ふっふっふ(笑) 佐藤さん、有難う。 いいヒントくれました。
 やはり生まれつきの詩人なんですね。
 するってえと佐藤さんって、詩人でゴルファーでカーバーで釣り人でオフローダーで・・・ あー、訳がわかんなくなりそうです(^^)
 流庵さんでHiroさんの新作の妖精をみました。 ホゾ継ぎを多用してバランスも見事で物語を持っている作品だと思いました。
 チェンソー彫刻であそこまでやれるんだと思うと、なんだか気分が高揚してきますね。
 東日本大会ではよろしく! 

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