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15年も前の事など

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2007年3月

2007年3月30日 (金)

ソロクライミング

と言っても、アルピニストが単独行をする訳ぢゃない。 単に里山のコナラに一人で登ったというだけの話し。 漫然と下から見上げるだけなら、コナラという木はどれも枝を横に張っていていかにも登り易すそうに見えるのだが、いざ、ロープをかけてみよう・・・となると、必ずしも簡単なものは見つけにくい。

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2007年3月26日 (月)

♪今度くる時

持てきてたもれ 奥の深山のナギの葉を♪ というのは以前に書いた南部牛追い唄の続きの詞。  ナギの葉というのは引っ張りに強くなかなか千切れないので、切れない強い縁(えにし)という洒落にかけて牛追い唄に謡いこんだものだろう。 
しかし、WEBで検索してみれば、植物としてのナギは紀州熊野の神社境内に人手によって植栽された群生が稀な例として知られているものの、生育北限は関東南部とされている。 同じ南部(汗)と言っても岩手という北の大地の山奥で生育できるような樹木ではないらしい。
 にもかかわらず、その岩手の民謡にしっかりと詠いこまれている「ナギの葉」は、♪持って来て「たもれ」♪ というおよそ牛飼いらしくない雅(みやび)な言い回しからも推察できるように牛飼い達の生活実感の裏づけのある発想とは違うものだろう。
 この上流階級独特の「たもれ」という言葉を、なかば気取り、なかば揶揄するような気分をこめて唄に織り込んだものとすれば、奈良和歌山の神社の伝承を知悉する南部の唄い手の気位の高さをそこから読み取ることも、あながち的外れとは言えないように思う。

 WEB上の百科辞典によれば 「その名が凪に通じるとして特に船乗りに信仰されて、葉を災難よけにお守り袋や鏡の裏などに入れる俗習がある」 とされているが、なるほど前掲のBLOG記事に書いたとおり、牛荷駄を「陸舟」として見るならば、持って来てたもれナギの葉を という言い方に幾重にもかけられた牛方あらため船頭の洒落の面白さを読み取ることができそうだ。

 百科辞典では触れていないが、ナギの葉を鏡の裏に忍ばせておくと、いつかその鏡に恋しい人の姿が映る という俗信があるのだとか聞き及ぶ。
 この誇り高い南部の牛飼いのを、いつか自分でも朗々と声に出して歌えるようになりたいものだ。  贅沢な夢ではあるが。

2007年3月21日 (水)

痺れるぜ

ってのは若い頃に流行った言葉だったかしら。 あんまし記憶は定かではにゃいけれど、今日はやっぱし痺れた。
 今日の里山での腰の抜けそうな分量のゴミと悪意の塊りには、ありえないと思っていた応援があって、なんとか対処することができた。
 今日が旗日だったので偶然、時間がとれたとの事なのだが、普段無口なKさんの応援にやっぱし 痺れたなぁ~ ってのが実感ある言葉だ。

 理由は特にないんだろうけれど、しっかりと落ち込んでいるとき何時も誰かが助けてくれる不思議なめぐり合わせに、感謝。

 帰宅後、人力では収拾不可能なバイクや古タイヤの集積ポイントを市役所にFAXして産廃指導課に撤去を依頼した。

3月19日ヤマの清掃番外編

Dscf0102 先週の定例清掃日、14日に、近隣の里山にかかわりをもつ別のグループのリーダーから電話があった。

 投棄主を特定したゴミがあり、その内容を役所に通報したから、ヤマにおいてある大きなゴミを片付けないままにしておいてくれというものだ。

バカな事を言って余計な干渉をしないで欲しい ゴミは放置しておいたらこれまでの努力に意味がなくなるのだと言うことを伝えたのだが、電話の相手には過去に幾度も応援してもらった経緯がある。  一定の敬意を払ってその希望どおりに行動することにした。
それが先週の水曜の事。
 結果は・・・というと、直接の関係は不明だが、今日、以前の経験を超えるゴミの投棄を呼び込んでしまっていた。

Dscf0103 相手が子供ならまだ指導監督する学校を通して呼びかけることに意味があるだろうが、いい加減な歳になっても里山にゴミを捨てに来るような壊れてしまっているオトナ相手には何をやっても無駄だろう。
 市役所を恃んで投棄相手と揉め事を起こすことにもあまり意味を感じないのだが、なによりも付和雷同したり余計に悪乗りし挑発して面白がる人々につけ込む隙を与えてしまったのではないかと悔やまれる。

電話をくれたリーダーが 役所に通報した というゴミは結局は元のままだった。 

 土台、公権力を恃むのであればボランティアなどというものはそもそも不必要だったのだと改めて感じた。

Dscf0106

さて、今日、21日はまた巡ってきた水曜日。
 毎回の事ではあるが、こんどのゴミ退治も普段の自分のクツ磨きと同じようなものだ と豪語し続ける痩せ我慢が、ときどき、少しだけ辛くなる。

2007年3月19日 (月)

となりのトコロ

となりのトトロぢゃなくって、トコロ。  ん~と・・・ 隣の市は確かに所沢なんだけれど。

 入間市宮寺の八幡湿地では谷津田の再生に地元のみなさんが取り組んでいる。 私も周辺のヤマの手入れに幾度となく出かけた。 跡地の伐り株に○○の一つ覚えのフクロウを彫っておいたのだが、これが思ったよりも好評で、地元の神社に置いてある杉の太めの丸太でトトロを彫ってみてくれといわれたのは、足掛けで数えればもう2年も前のこと。

 地元では杉の葉でトトロ風の大きな人形をつくって神社前の駐車場に置いている。  トトロでなくてトトロ風と書いたのは、おそらく著作権を意識してのことだろうが、思い切りトトロを変形して(胴体に目をつけたりするような)一種奇妙な可愛らしさを作りこんだ人形だから。 実際には、この人形には説明書きがおいてあって、そこには「トコロ」という名が明示されている。

 2年前に頼まれて、そのまま放置していたつもりぢゃないのだが、ふりかえってみれば放置していたのと同じことで、ずっと手付かず。 だいぶ前から神社境内の杉丸太は隅に片付けられていた・・・

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2007年3月17日 (土)

風船になって

空を飛びたいなんて思ったことは一度もない(←きっぱり!)

 そんな事は自分には金輪際できっこないと始めから分かっていたし、ふわふわと漂う雲や風船みたいものには基本的にどこか信頼がおけないものを感じている。

 とは言えやはり、空ってのはある種の自由をも、感じさせる。

 山や木に登って空に近づいてみたいという衝動は、1と月まえのツリークライミング体験会で、それらの能力が自分の技能の射程圏内に捉えられるようになったと感じてから急に強くなってきた。  

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2007年3月 2日 (金)

里山の新規手入れ地

が決まった。 昨日に続いて今日もAさんとヤマで出会ったのだが、Aさんが今日クズ掃きをした場が、不法投棄ゴミの件で話題にした区域だったので話しが早かった。 とにかく見通しをよくしておかないとゴミ捨て場にされちまう。 

 実は今日、丁度いいタイミングで市役所が不法投棄ゴミを収拾しに来てくれていたらしい。  先週水曜にファックスで通報しておいた投棄油なのだが、流石に毎週の通報では市役所も対応しきれないらしく昨日まで放置されていた。
 たまたま公園整備課の職員が現地の調査に来ていたので、苦情ではないのだけれどお願いがある と、まあ要するに苦情伝言を産廃指導課に伝えていただくようにお願いしたばかりだった。 市役所としても、いまの所はまだ地元ボランティアを無視する積りはないらしい事だけは確認できたってことかな。

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2007年3月 1日 (木)

早春賦

春は名のみの・・・とくれば、そりゃもうあ~た、懐メロ中の懐メロ。 数多(あまた)あるナツメロの中でもカビが生えてまさにコケ生(む)すような古典中の古典だと思い親しみ馴染んできた歌なのだが、ふと今日になって賦という文字に疑問を持つようになってしまった。
 「賦」というのは歌のことだ という小学校教諭の教えをそのまま鵜呑みにして50年余なんの疑問も持たないできてしまった。 

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越冬蜂の巣

昨日の里山清掃では増えたゴミの量から久しぶりのリアカー出動(笑)。 道路沿いの土地所有者Aさん一家が屑掃きに来ておられたので、時々掃除のためにヤマに入っていると挨拶をした。 Aさんの名前だけは知っていたが具体的な土地区割りと関連づけて挨拶したのは初めてだ。

 午後の里山手入れでは以前に伐採した立ち腐れ杉でベンチ作りを試みる。 土台(?)に杉の10cm径丸太を横に2本並べその両脇を3面打ちした杭4本でおさえる。 その土台の左右に開いた位置に丸く溝を彫り、15cm径の短い丸太をおく。  これが足の積り。 安定を確認してから、その2本の丸太にかかるようにベンチ本体である半割り丸太を載せる。 当然、足にした丸太にはその径の半分くらいまで丸く窪みを入れておいて上に載るベンチ本体を安定させておく。 その上で、このベンチ本体の脇にかなり長めの杭を3本打ち込んで支えるようにした。

Dscf0054_1 ベンチといえばフクロウが付き物だ(えっ?) いや、その、付けておきたいモノだ。 150cm程度の丸太の底30cm程度の部分をまたしても3面に鋭く切って大きな杭にして地面に突き刺し、つき固めてイメージをふくらませる。

 イメージづくりでヤマの散策を楽しんでいるとき、腐れ松の根株を転がしたらいきなり凄いものをみつけてしまった。 スズメ蜂がその松の腐れの中に集団で越冬していたのだけれど、単独あるいは2匹程度が寄り添って越冬している姿はよく見かけるのに、今回は5匹がまとまっていた。 ちょっとこれは怖い風景だ。

Dscf0052

とくに今年は里山手入れで夏にも頻繁にこのヤマにくる予定。 その季節になったらどっか別の場所に行ってくれれば良いのだが、果たしてどんな事になるものやら。

 だからと言って無闇に生き物を殺すのもまずいだろう。 あまり歓迎できないけれど彼等(彼女等?)も森の住人であることに違いはない。

 活気がなくてモゾモゾとした動きしか示さない蜂だがやはり近寄るのは躊躇われる。 まだ2月のこの時期、転がした松の中の巣は少し寒いかもしんないけれど、そのまんま元に戻さず転がしておくことにした。 

 蜂さん しゅまんのぉ~。

 んな訳で、イメージ作りの雰囲気は ぱぁ! になった。 んな訳でフクロウはイメージも何もないただの平凡なベーシック・フクロウ。 更に夕方の散策の見物人がやってきたので途中でヤメにして引き揚げることにした。

 あー 気がついたらもう4時を廻っていたぢゃん。 

 風は強かったけれどなんだが春めいて、そう言えば日もちょっと長くなってきました。

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