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15年も前の事など

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2006年8月

2006年8月21日 (月)

ついに38度・・・

と言っても今日の家内の事。 夜明け5時に犬達を散歩に連れ出し、6時に帰宅して顔をあわせたら家内の顔色が良くない。 なんとなく様子をみながら8時半になったのでまた赤心堂病院へ。
 受付でモタついたせいもあったのだろうが、内科受診できたのはなんと11時半を廻っていた。 問診票に記入するため体温計でチェックしたら家内は38度という数字をみてひくついてしまった。 思わず今朝まよわず病院に来ておいてよかったな と声に出しそうになる。
 とりあへず血液検査と点滴という段取りだったので私はドトールコーヒーで昼食。 検査結果は特に異状を認めず。 なんとなくはぐらかされて処方薬を買って帰宅。 もう3時だ。 あ、帰路ビバホームで肥料を購入したのでストレートに帰宅していたら2時には帰れたのかな。

 家の中に病気があると、それだけで気が滅入る。 帰宅したとき犬達が大騒ぎして迎えてくれるのが、まあなんというか、帰宅の実感を誘うセレモニーだ。
 私の風邪もまだ目眩が続いている・・・のかと思ったが、これは昨日の里山下刈りで風のない谷の植栽地で思い切り汗を流しすぎた反動だろう。
 昨日の暑さで準備しておいた水3Lは午前中に全部飲んでしまった。 着替えも2着汗びたし。 それでも坪刈りしてツル雑草に覆われたコナラの幼木をすっぽりと緑の牢獄から救出してやるちょっと堪えられない爽快感が楽しみだ。

 さて、今日の予定は何だったんだっけか・・・・  ま、こんな日だってあるさ。

2006年8月16日 (水)

思い出の中のパブロ

  おやすみ パブロ

ペチュニア、と言っても小輪の、丁度2寸程の大きさに
開いた昼顔に似た可憐な様子の花が、淡いパステルピンク
と濃い空色と、2つの色にそれぞれ咲き競い、あふれ乱れ
ていた花叢の勢いもようやく咲き疲れ少し薄れて、そう、
暑かった今年の夏も終わった。

 今振り返ってみれば何故だったろうかといぶかしくさえ
もあるのだが、強い怨念にも似たひたむきさを込めて、ウィ
スキー樽で作った花鉢から溢れこぼれて庭一面に咲いたそ
のペチュニアのピンクの花だけを摘み取った夏があった。
 ピンクの花のその全てを、余さず摘み集め飾った花棺の
花に埋めて、小柄な人の大きさほどもある漆黒の犬に喪して
から、今年で早、三度目の夏の終わりである。

 集めればむせるような花の色の記憶が不思議と、あざや
かな朱色でもあったかのような錯覚に囚われて、この歳月
の経過を怪訝な思いを込めて振り返る事がある。

 あの日、一時間ほども葬儀社の車に先導されて、初めて
行った戸田斎場だった。
 人間たちの為につくられたそれらの場をはばかっての事だ
ろう、その左裏手にひっそりと設置されている動物用焼
却炉前の小さな広場で、職業柄でもあるのか、むっつりと
口数の少ない施設職員に棺をあづける事になった。
 葬儀社に案内されるままに家族そろって待合室に一度は
入ったものの、やはり最期の見送りをしたいと誰となく言
い出し、先ほどの広場に小走りに戻った時、いきなり家族
四人の目に映ったものは、まだコンクリートの床の上を転
がり続けている空気の抜けたあの見覚えのあるボールの動
きで、たった今こぼれ落ちたと判る、朱色の花のカ
ーペットだった。

 おそらく、不用意にダンボールの棺を開いて、誤って溢
れこぼれ散らしてしまったものであろうその記憶の中
の朱色の花と、午後めいた晩夏の陽射しの中央に立って、
最初の印象とは打って変わった私達家族に豪快な微笑みを
かけてくる赤ら顔の中年の施設職員の記憶がいまなお心に
残りつづけている。

 パブロ、と名付けたのは確か娘であった。我が家の玄関
先を出産箱にして産まれた彼らの臍の緒を、まだ小学生だ
った子供たちと半ばお祭り気分で糸で縛ったのはもう九
年、いや、十年も前の事になる。

 仕事にもどった表情をしてダンボールの棺を開いた理由
を丁重に説明する彼の言葉を聞きつつ、既に花びらの先端
のあたりで幾分か萎れかけ、それでも未だパブロの太く幅
広い胸のあたりにこぼれ残っている花の幾つかを撫ではら
い撫でさすっていた。
 あの時、一体何を考えていたのか。今となっては正確に
思いだす術もない。ただ、その時、以前にパソコン通信に
寄せた彼の生い立ちについての駄文の中で使ったニューフ
ィ軍楽隊という言葉を心の中でしきりに反芻していたよう
な気がする。

 たしか、二週間ほど先に産まれたラサ・アプソの三匹
の小犬達の様子を聖歌隊になぞらえ、後から産まれてたち
まちのうちに成長を遂げ先輩たちに一歩も譲らぬ風格を身に
付けた、六匹の黒いふさふさとした毛の塊まり達が我が家
の居間を闊歩している様を軍楽隊になぞらえたものであっ
たが、それでも一匹づつを抱き上げてみれば皆、手の平を
僅かにはみだす程の、暖かく、無邪気な、幸せだけを予感
させる生命の実感があった。
 彼と、その母犬であるレイジーとの想い出をたどれば際
限なく、只、原稿用紙の前に時間がすぎてゆく。

 遠出をした河遊びから帰宅した折りに、その川で一本丸木
の橋を渡る恐怖に怯えて立ち竦んでしまったレイジーは、
車のドアを開けるや否や一目散に犬小屋に駆け込んで、私
が小屋の中に入って行ってなだめてやるまで、もうすっか
り乾ききっている自分の体をしきりに小屋の内壁に擦り付
けて自分の居場所を嬉しそうに確認しつづけるような微笑
ましいナイーブさを持っていた。
 自分で訓練を入れた犬は、そういえばレイジーだけだっ
た。食事のときには必ずハウスをするようにという程度の
しつけであっても、パブロに改めてそれを教える必要は全
くなかった。
 彼女は、自分よりも大きく育って相変わらずのほほんと
した小犬のままの性格の息子が、食事の合図をへらへらと
聞き流している様子に業を煮やすと、素早く彼の襟髪を掴
まえるようにくわえてハウスの中につれて行き、その入り
口に自分で陣取って少し誇らしげに首を挙げ、準備完了!
ごはんOK!の合図を私達におくるような犬であったし、
また、パブロもその母の躾にすなおに従う性格あった。

 かと言って、彼が素直なだけの性格の犬であったわけで
はない。庭に植えてあった二寸程の太さにせっかく育った
柘植の木を二匹で根本から抜いてしまい、気が付いた時に
はその柘植の木を互いに取り合って楽しそうにふざけ回
り、洗濯物を台無しにして妻にベソをかかせそうになった
日の記憶も、そう、今となっては懐かしい。
 散歩の途中で他人の犬小屋に鼻面をつっこみ、パニック
を起こしそうになったその小屋の住人に突っ込んだ鼻先を
かじられて血をだしてびっくりさせられた事もあった。
 それでも相手よりも姿勢を低くしてへらへらと擦り寄っ
ていくのも、彼の性格の一部であったし、側脚行進を教え
れば、雨の日の散歩のあとズボンの左側が腰の上まですっ
かり濡れてしまうような律義な面もあわせ持っていた。

 軍楽隊で言えば、大きなラッパを肩にかついで、ちょっ
と帽子を阿弥陀にかぶり、にやっと笑って見物の美人にウ
ィンクを送っては叱られてあわてて行進の列に戻るよう
な、もしも小犬だった頃の彼にイメージした表現を使うな
らば、成長した彼にはそんな風にスーザー・ホーンを担がせ
てみたい犬だったと思ってみたりもする。

 レイジーが心臓発作で僅か三歳で世を去ってから、同じ
遺伝の業をもつ彼の健康状態にはかなり神経を使う日々が
続いた。N・C・A の会報で、ニューファウンドランド・
クラブの正式の機関として、レスキュー活動があること
や、寿命調査のアンケートを海を超えてわざわざ送付して
くる感覚にも素直に理解が及ぶようになった。
 彼女の死は、間違いなく大きな打撃だった。しかし、あ
の時には私達の側にはまだ彼がいた。
 突然に母を失った彼を、その母のにおいの残る毛布にく
るまって寝る彼を、私達は守ってやらねばならないと感じ
そして身構えていた。朝となく、昼となく、もし彼が寝て
いれば、その腹部が呼吸の動きを示しているかどうか、確
かめなければ不安だった。
 だが、それから五年後に、安心しかけていた私達は突然、
たたきのめされる事になった。その遠い原因を、古い昔の
イギリスのドッグ・ショウ熱や、カナダの大型犬への懲
罰的課税制度に求めたどることに何の意味があるのだろ
う。 彼は六歳余で、その母と全く同じように突然の死を迎え
た。それは、ニューファウンドランドの平均寿命と皮肉に
も符号する「数値」だった。

 引き出されたばかりの鉄板の上に、真っ白に彼の遺骨は
その姿勢のままに横たわっていた。
 ブラッシングの時にもその痛みをいたわり、散歩の途中、
遊びの最中にも気づかわしかった後脚股関節も全て、白い
骨となった。
 昨夕、葬儀社が用意してきた大型犬用のダンボールを 二
つ組み合わせてつくった棺に、彼のゆっくりとのばした四
肢は納まりきれなかった。慣れない様子の社員が丁重な挨
拶をしてから、その後脚に手を触れようとしたとき、それ
は私のやることだ、と強く制止して自分の肩をあてがい、
満身の覚悟をこめて折り曲げようと力をこめたときにさ
へ、思わず、痛がりはしないか、とためらいもしたあの間
節だった。
 深々と頭を下げてから、施設職員は骨壷にそれらの骨を
集め、最後に軍手をはめた両手で直接、彼の頭蓋骨を持ち
上げてから、やや困惑した表情を浮かべて私の目に問いか
けてきた。
 見れば、その軍手は、頭蓋骨をいとおしむように幾度も
持ち直し持ち替えて、骨壷の上で納め方に戸惑っている。
 その軍手の動きの哀しさに、私は声に力をこめて応えな
ければならなかった。
 結構です。骨壷に納まらないのであれば、そのようにお
願いします。
 これほど大きい骨壷の用意がありませんので、と言い訳
を口ごもる彼の話よりも、むしろその音を聞くまいと、私
達は目を伏せて、まだ熱い鉄板の火照りを頬にうけながら
声をころしていた。

 あの日、棺に溢れるほどに咲き満ちた小輪ペチュニアの
花も、今年は既に見るかげもない。摘み折って棺に納めた
白い嵯峨菊の地植えに直した鉢は、今年はまだ蕾のままで
ある。
 大きなウィスキー樽を二つに切ってつくった花鉢を稀に
動かして掃除をしたりすると、今でもパブロの長い黒い毛
が台石の下に残っているのを見つける事がある。
 そんな日に、少しわざとらしいかな、などと要らぬ体裁
をつくろいながら、小さな声でかつての犬小屋の跡でつぶ
やいてみる。 

おやすみ。パブロ。

グンナイ・レイジー。

(1995年 「動物文学」誌に掲載)

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