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15年も前の事など

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2006年6月

2006年6月29日 (木)

覚悟なき者

中学校体育館裏の通用門に自転車が2台。
 水曜午前10時ごろ、その裏門から脱走を図る生徒らしき2名。 何時もの風景と違うのはその後を追いかける女性教員が一人居ること、いや、いたこと。
 生徒は門を乗り越えて自転車にまたがる。 
 教員は門を超えず、ただ後ろからなにやら大きな声で呼びかけている。
「戻っていらっしゃい。」
 そう聞こえた。
 生徒は2名・・・ いや、よくみると生徒は1人で別に年齢がいった黒いジャージの男が1人という構成らしい。
 再び教員のどこか芝居の舞台のような感情のこもった声。 
「まだ間に合うから」
 という呼びかけに、生徒は自転車で走り出しながら大きな声で言い返している 「バカやろう」 そう聞こえた。

 何かできることがあるかも知れない。
 そう思って裏門に近づくと、いつの間にか男性教員も数人、裏門に集結しつつも為す術なくたたづんでいたことに気づいた。

 暫らくのあいだ件の女性教員はうつむいて門脇にたたずみ息を整えながら平常心をとりもどそうとしている様子。
 若い教員達の間に流れる空気にこもった無力感がこちらにも伝わってくる。
 なまじどこまでかかわりあうか覚悟の定まらぬまま、思いつきで無責任に余計な事は言うべきではあるまい。

 ああ、学校は今、試験の季節を迎えているのだな。

2006年6月25日 (日)

やんぬるかな

なんとか今年も継続してチェンソーアート練習を続けることができるようになった。 ただし、今借りている場所は余りに人の出入りが多すぎて危険を感じていたので、新規の場所を利用させていただくことになった。 フクロウ36体計画はまだ完成途上であるが、八王子の樵さんから依頼された小学校向けのフクロウはここで製作することになる。 材は中央の太い杉。

809 この場所に入るには、ヤマの道を塞いでいる轍パイプを外しておもむろに200mほど、行く手を塞ぐ木々の枝を避けながらバックする(汗)。

 これで一安心。 作業に集中できる・・・・

と思ったが、呆れたことにこんな個人の農用林の私道まで我が物顔に歩き回る傍若無人な定年退職連が溢れていた・・・

810

 まあ、健康維持の為に良いのだから、ヤマを歩くなとは言わない。 しかし、これが農家の所有する個人のヤマであって、その手入れと保存状況に感謝する意味で「保存樹林」指定を行って平米あたり2円の年間褒章金を払ってきたという事を誰も知らないのには呆れる。

 逆に、保存樹林だからオオヤケのものと同じだ、だから自分が勝手に出入りして構わないのだという勘違いが横行しているようだ。 踏み跡と道との区別もつかないまま「自然」を満喫しているのだろうが、地権者を探し当て条理を尽くして使用許可を貰った者としては、なんともいい気なものだなぁ という感慨を抑えきれない。

 日本の教育の荒廃が嘆かれて久しいが、こういう定年退職連の姿をみればその根源を探り当てた思いがする なんちって。 

2006年6月17日 (土)

本当のところは

ヤッちゃった・・・ ってのが正直。 わざわざ手のかかるボウルのカットモデルを作ったわけではなくて、へましてキャッチを喰った結果ってこと。

Dscf0796 それにしても

 大きな器になるはずだったのがだんだん小さくなって

最後は ぱぁ (泣)

Dscf0791  ま、これが実力ってことか。

 やっていてそろそろ体力が尽きる・・・寸前だったね。

 神経をもっとピーンと張り詰めておかないと、ほっと息をついた瞬間のミスで、ジ・エンドになっちまう。

Dscf0794 3畳の狭い旋盤部屋を

 高速回転で飛び回った椚のボウルは傷だらけだった

  まだまだ厚さを調整しなければならなかったのだが・・・

このままでは今日は終われない。 でももう体力が限界だ・・・

Dscf0797 よく乾いた6cm角の桜があったので、棗のようなエアタイトのボックスをつくった。
壁の厚さはこれで1.48mm。 エアタイトなのは良いのだが、タイトすぎる感じがしないでもないでもない・・

2006年6月15日 (木)

乾燥と歪み

いくつかの器の干歪写真 

789  

 上左:欅 上右:椚
下左:小楢 中央:椚 右:椚

787  

これは椚の壷

790_1 最初の写真の下左:小楢 の歪み具合

2006年6月14日 (水)

あきれた・・・

漆器考と題してその1、その2を投稿したのだが、その1は原稿の後半が消滅していた。  それで続きを書く気力が萎えたことを その2に書いたのだが、それを投稿したら今度はその1が消えてしまった。 まるっと。 んなアホな・・・ことがあるのがココログなのだね。

 う~ん、 何かの意思が働いているのだろうか(笑)

 試みに、あきれた・・・という本メッセージをUpしてみる。 今度は漆器考(その2)がまるっと消えるんぢゃないだろうかという期待だ。

漆器考(その2)

その1、その2とタイトルを掲げたが、「その1」で投稿したはずの原稿の後半部分、約2/3が消えてなくなってしまっていた。 心愚という未熟な媒体のお粗末さなのか、あるいはもっと考えて書けという啓示的な「何者か」からの警告だったのか(笑)

 少しく落胆。 でも、まあ、こんなんでも良いか。 どうせ ぼやき なんだから。

2006年6月11日 (日)

クヌギのペン

久しぶり・・・と言っても3日間のブランクだが、旋盤を回した。
 乾燥中に干割れをおこして残念っ!だった壷用のクヌギをバンドソーで挽いてペン軸用に改変。 1000番まで磨いて桐油処理後に木固めエース塗布。 乾燥割れを起すほどに乾いたとは言へ、まあ、厳しいことを考えるならやはり生木みたなものだから、製作後の経過を充分に注意して観察することにする。

Kunugipen767 うまく写真に取れないのが歯痒いのだが、このクヌギの年輪の描く美しさはコナラとまた違った味わいがある。

桜のペンも製作後1ヶ月で観察すると表面のツヤが消えかかっていた。 改めて桐油で処理し、木固めエースでコーティングをしてみた。

これが良い結果になるかどうか。 油処理してから木固めエースってのは説明書に拠れば邪道ということになるんぢゃないだろか。  実際に木固めで処理したのは2本。 あとは桐油処理だけでゆくことにした。 タン・オイル・フィニッシュなら日本古来の伝統とのミスマッチもそれほどではない方法だ。 時々、ハナの油をつけて磨いてやってくださいというコメントをつけるようにしようと思う。

2006年6月 8日 (木)

あした天気になぁれ

 と題したフクロウ。  作ってみようとしたけれど、かなり技術的に難しい課題があることに気がついた。 幾度目立てをしたのかな。 25APのチェンソーカッターが残り2mm程度にまで減ってしまっていて切れ味が極端に落ちてきたのも難しくなってきた理由の1つ。
 まだ尾羽が出来ていないし、左片羽を半分開きかけ首をかしげた形のフクロウが左足を前に蹴り出しているポーズは重心位置のずらせかたが微妙すぎたかも知れない。Owlkick758


よく見ると、これはワールドカップにちなんだサッカー・フクロウとしてもいけそうな感じがしないでもないでもない(汗)

2006年6月 7日 (水)

シデのフクロウ

一昨日、Iさんのヤマの伐採承諾を得た。 不法投棄ゴミの目立つ場所が森の奥にあって、その近傍が手入れのいき届かなぬ荒れヤマになっているので、てっきり市への物納地になっているものと思いこみ役所に下刈り・除伐の同意を求めたのがきっかけだ。

 先週の水曜清掃日に市役所の公園整備課の同行を得て現地確認をしたところ、これは市の土地ではないという事が判明。 地主さんに役所から連絡を取ってもらってIさんのヤマであることを知り、一作日、直接自宅を訪問したという訳だ。
 Iさんはこのあたりの事情を以前から良く知っておられ、快く承諾していただき、直接現地の境界確認をしてくださった。
 そのおりに、道路際から倒木となって道を塞いでいたシデの樹をご自分で伐採整理した事情などを聞かされた。 そういうときは地元のボランティアを呼んでくれと話した行きがかりで、昨日、そのシデの樹を再整理してフクロウを彫って午後、ご自宅に届けることとなった。 
 予想以上に喜んでいただき、お礼にとキュウリをたくさん頂いたが、まさかフクロウがキュウリに化けるとは思っていなかったので、次回はカッパを彫らないといけないですねと笑ってI宅をDscf0724 辞したDscf0725 Dscf0732 Dscf0728 。  

 

シデという名はその実の形から幣(シデ・へい)、つまり祝詞を捧げる神主さんが場を祓い清める為に使用する用具の名をあてるようになったもので、一般的には「ソロ」と総称される樹である。 平地では主にアカシデ、イヌシデ。 標高の高いヤマで自生するのは主にクマシデであるとされている。

杉、檜との最大の違いは・・・やはり重さだろう。 これ1つで軟弱な四駆エスティマのサスが泣いた。  最初にこの原稿をオンラインで書いた時失念していたが、軟鉄でできたチェンのカッター刃も、シデ相手では檜の場合の半分ももたず目立てをする必要があったことを追記しておく。

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