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15年も前の事など

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2006年3月 4日 (土)

ドッグラン

 去年の11月、突然に市役所から連絡が入って、5年も以前に署名をあつめて請願したドッグランが川越の地に実現するという話をもらった。 ついては請願者の代表の一人として面談したいと。
 請願当時、署名に応じた人々の家の若くて元気だった飼い犬たちもそれだけ老いてしまっている。 若いリーダーの一人は他界し、また別のリーダーは他県に別宅を構え既にこの地域の住人とは呼べなくなっている。 
 既に実体を喪ってしまっているグループである。 しかも実現される場所は請願当該地域でなく、そこから4km以上も離れた立地条件というハンディを与えられたドッグランである。 いくら昔の請願母体であったからと言って、果たしてどういう継続性を持たせ得ると考えているのだろう、市役所としては。

 なによりも不安を感じるのは、ドッグランというものに対する理解の浅さである。
 理解浅いままに 綺麗事としての「公園の開放性」を打ち出そうとしている原則的公園管理への考え方に大きな不安が残るのだ。
 街の小公園という、優れて地域限定性をもった公共の場所にあってさへ、その一般論的な要請である開放性と「地域エゴ」と呼ばれることのある保安・治安上の要請である閉鎖性とのバランスが常に問われている。
 まして専ら犬の飼い主たちの為の場であるドッグランが、脳天気な開放性を許容してしまっては持続可能な訳がない。
 小江戸の名を冠した犬猫CAPSを実施している地域団体の代表者と昨日面談した。 いや、面談を受けたというほうが正しいのかもしれない。 互いに応援しあう関係を構築できそうな気がする。 地域というものを実体あらしめるための、これも小さな試みの1つか。
 今、この時期に市役所の方針を変えてもらわなければ、この試みは確実に破綻する。

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上はBLOGの予約機能をつかって3月4日に公開する指定をしておいた記事だ。 いったい何時書いたものだったか記憶は余り定かでない。 たしか2月のはじめごろに、川越ドッグラン24時間開放という方針を聞いて書き留めたものだったと記憶。
 自分の見方が、いや、時間の経過が、どの程度の嘘を吐くものか見定めてみたい、という屈折した思いもあったが、実際は公園オープン当日まで市役所から公表を口止めされていたというのが本当の所だ。
 以後幾度か市役所との会合を繰り返した。
その都度、「ハードルを少し高くして一般開放し参加者の様子を確認しつつ徐々にハードルを緩めるのであればまだしも、最初にフリーパスとして開放してしまってからでは収拾のつかない混乱を招く懼れがある」と主張してきた。

 今日、地元TVを含めた開園式典で、幸いにして私達の要請を全面的に市が受け容れてくれたことが了解され、ドッグランの利用規定にもその文が明記されていることの確認がとれた。 その他一般として式典に参加し、我が家の犬達も暖かい陽光の中を久しぶりのドッグランの自侭な空間の伸びやかさを満喫することができた。

eddyindogrun
 家内が一番よろこんでいるのは、犬づきあいの苦手な黒ラブのエディが嬉しそうに皆と協調して遊びまわることを覚えたという点だ。  本当によかった。  誰にという訳でもなく、ただ、感謝。

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