2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
フォト
無料ブログはココログ

ブログの起点

15年も前の事など

« 骨を拾うということ (05.09.25) | トップページ | 着メロ考 ( 05/05/16) »

2005年10月 8日 (土)

薪炭考 (05.10.04)

二宮金次郎ってのが最近は見直されはじめているようだがショイコ(背負子)に薪を背負いながら下山の道すがらに読書している姿の銅像は色々と批判も受けてきたと記憶。
 
 あの薪の重さはどのくらいだったのかしら。
 
 手斧で伐採して45cm程度に揃えた薪にしたもので、おそらく重くても15kG程度ではないだろうか。
 作った銅像作家の好みだけで決まってしまうのかもしれないが、あの薪は本当はどの程度の太さだったのかしら。
 
 樹が余り太く成長してしまっていたら普通の人にはちょっと手斧やノコギリで伐り倒すことが難しくなってくる。 それだけでなくて、銅像にある姿のように薪として背負う場合にも、50年・60年の木は太すぎるし重過ぎる。 二宮金次郎ではなくて二の宮金太郎にならないと無事に下山できないかもしれない。
 んな訳で、里山の薪炭林では15年から20年の周期で木々を伐採して商品化して販売してきた。 このあたりの年数が薪にするのに手ごろな太さの材を得る目安だったから。
 無論、風で倒れた木や折れた枝も大切な燃料資源として里に売れる商品だったけれど、燃料効率に着目すると薪というのは必ずしもベストな商品ではない。 第一、薪に含まれる水分が重さに反映され運搬の支障ともなるし、下手な管理をすると薪にカビが生えて不衛生でもある。
 
 だから、山で伐採した木はその場で炭にして里に下ろすと言うことが普通に行われていた。
 
 生木の比重は約1だが、乾燥させた薪にして約0.5(材や乾燥の度合いによる)、これを炭にすることで楢の場合であれば元の材の約7分の1程度の重さにすることができる。 火力も当然喪われる部分がある訳だが、喪われるエネルギーの比率についての知識は持ち合わせていない。 

火力が必要な風呂焚きやメシ炊きに炭が使われることはなく、屋内で長時間適当な暖をとるための安定した火力を必要とする火鉢に薪が使われることもない。
 
 非常に大雑把に、1ヘクタールの山林伐採で得られる枝幹量160トンから概算で30tの炭を得ることができたとされるが、この炭を使ってモノノケ姫の舞台となった「たたら製鉄」にあるような「鉄」を作るとき、「倉林たたら」と呼ばれる方法(技術)ではようやく0.1トンの鉄を得たとされている。 
 より洗練された一般的な「たたら」では同じ量の炭で2トンの鉄を得られるようになった。 効率でいうなら20倍の進歩ということになる。 「菅谷たたら」と呼ばれる技法によれば6トンの炭で同じ量の鉄を得られたという。 効率は実に50倍である。
 当然のことだが、日本だけでなく、ヨーロッパにも薪炭林の歴史がある。 中国や朝鮮に禿山が多く遺されたのは、かつての製鉄の歴史に縁るものであると説明されているが、実は日本も江戸期の終わりごろには禿山の国になっていたという指摘をする学者も居る点にも留意しておきたい。
 
 総合学習支援の校外授業で預かった3人の中学1年生を相手に、上のようなことを実際の里山を散策しながら説明しようと試みた。
 縷々解説を試みようとした最初の時点で「あの、比重って何ですか」と聞かれて挫折した。
 なまじヤマや木のことを話すよりも、生徒のことを先に学んでおくべきだった と反省することしきりである

« 骨を拾うということ (05.09.25) | トップページ | 着メロ考 ( 05/05/16) »

木を挽く」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/102810/6311078

この記事へのトラックバック一覧です: 薪炭考 (05.10.04):

« 骨を拾うということ (05.09.25) | トップページ | 着メロ考 ( 05/05/16) »