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15年も前の事など

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2003年6月

2003年6月29日 (日)

安倍晴明

気が付いたら何時の間にか、NHK教育TV(地上波3ch)で梅若六郎の新作能を見ていた。 なぜそんなものを見る気になったのか、などという余り経過は覚えていないが、ワキが謡う毎度おなじみの
【 ねがわくば 花の下にて春死なん その如月の望月のころ 】
という西行法師の辞世が、たまたま小耳にひっかかった所為だったような気がする。

 ttp://www.noh-umewaka.com/seimei.htm
梅若六郎50周年記念 新作能『安倍晴明』
日時:平成13年12月17日(月)
会場:サントリーホール(大ホール)

 シテは、これから都へ上って勉学に勤しみ立身出世を目指そうという安倍晴明の子孫を名乗る旅の若者である。 ワキの旅僧と共に野中の宿で一晩を過ごすことになるのだが、仮寝の宿の主は糸車で糸をつむぐなにやら曰くありげな老女一人である。

宿の仮睡で若者は夢をみる。舞台は若者の夢の中に入ってゆく。

 安倍晴明といえば今の若者に不思議な人気をもつ平安の陰陽師である。
 この舞台はいかにも新作能らしく高名なこの陰陽師の出生伝説すなわち、阿倍仲麻呂の血をひく稀名という在野の男が土御門の野狩から白狐を助けた夜、偶然にも彼を訪ねた葛子、かつて悪辣な陰謀によって引き離されていた彼の妻、との話からを丁寧に解説する事から始まる。 
 妻との間の情のこまやかさを詠いあげる謡の句は漆黒の闇の中に響きわたる鼓の音の高さと相俟って、この謡の句を烈しく聴衆の心に刻みこむ
【 恋には人の死なぬものかは 恋には人の死なぬものかは 】
 実はこの妻は、男が助けた白狐の化身であり、やがて二人の間に産まれた子が安倍晴明その人であること、そして事実が明るみに出たとき、母である「者」が子を残して姿を消し去っていった
という不思議の記憶は、繰り返し舞い詠われる
【 恋ひしくば尋ね来てみよ和泉なる信太の森の恨み葛の葉 】
の詞(ことば)により観客の胸に一層深く刻み込まれるのである。

 途中、本来の能では絶対に起こりえないある種の試みに新鮮な驚きを感じた。
 
 左右の舞台袖に座ってそれまで出番を待っていた男、そして女のナレータにスポットライトがあてられ舞台の背景となる土御門や花山天皇についての詩的な解説 がフランス語で行われたとき
、視聴者はこの舞台が日本人の為というよりも外国へ発信する為に設計されたものであることに気付かされる。

 やがて舞台は花山天皇の一条戻り橋での出来事に進む。 既に晴明は陰陽師としての地位を確立し、受けている信任も厚い。 
 戻り橋の上で全く身動きができなくなった天皇一行のただならぬ有様を見て、晴明は全能力をあげてこの呪いを解こうと怨霊に挑むが、殺陣を舞う怨霊は晴明に向い おまえの知識能力が吾が呪いを解くのではない、おまえの中に流れている血こそがその力の淵源であることを知れ と告げる。

 船弁慶などの舞台で敦盛が投げる白糸と同様、暗い舞台上で効果的な照明をあびながら、飛び交い打ち広がり縺れるおびただしい量の蜘の糸の下で、一条戻り橋の怨霊が女郎蜘のすがたを顕して晴明と立ち回りを演じる部分は実に圧巻であった。

 ついに舞台は終局を迎える。 女郎蜘の白糸はいつしか仮寝の宿の老女のつむぐ糸車に重なりあい、夢にうなされる姿を怪しむ旅僧によって若者は覚醒させられる。

 立身を思って都を志した若者はこの夢に啓示を受け、母の待つ故郷に帰ってそこで人生を全うしようと思いなおし、聞いた僧はそれも1つの悟りの道であろうと告げる。

 久しぶりの能舞台だったがこれまでにない不思議な感銘を覚えた1時間であった。 昔5・15事件で裁かれた篤農、橘孝三郎がダーウイン主義と罵った進化論的社会学を我々は本当に克服することができているのだろうか。

♪  上りの急行がシュッシュラシュッと 行っちっち
♪    いやな噂を ふりまいて
♪   せめて せめて せめて
♪     遠い 遠い 東京の
♪        空に飛んでけ ちぎれ雲
♪  汽笛がなっちっち 遠くでなっちっち
♪    夜汽車の笛は いやだよ
♪  早く行こう
♪    あの娘の住んでる 東京へ

(2003年6月)

2003年6月20日 (金)

百物語

江戸期末の庶民心情を1つの風景として描く杉浦日向子さんの「百物語」という漫画がありました。
 ある町のご隠居がふと思いついて、100本の線香を用意し、訪ねてくる人毎に1つの話をして貰い、話の終わる度に1本の線香を手向けてその物語を供養する。 最後の1本は、話を聞いた心への供養としてつかいますので、実際に描かれているのは99話までになっています。
 中身は庶民の普段の生活の中で気に留まった何気ない物語ばかりで、魑魅魍魎の世界といえばそれまで。 同じ杉浦さんの「ニッポニアニッポン」という作品は、この百物語と合わせ鏡として読むことで、明治初期の江戸を描いて見事であると思いました。 中身とか結論とか そういうものは一切なし。

 明治の元勲である勝海舟を批判した福沢諭吉の「痩せ我慢の説」は諭吉の死の直前にようやく出版された著作で、その代弁者として知られる人物として「碩果生」が知られています。 しかし、碩果生の評論は、こういう庶民が外国に対して抱いた恐怖に対して知識人が並べてみせた屁理屈に過ぎないと言えます。 鹿鳴館の立案時期には、その建設が有効であると信じる人間が大多数であった。 
しかし、実際に出来上がるころには、その効用を疑う人間層も増えてきていた そういう経過を指して時代の激変と言うわけです。  
なるほど政局の当事者であってみれば、いくら小栗上野がフランスを頼ろうとしても肝心のナポレオンが本国でひっくり返ってしまっていれば、フランス借款などの実効はなかっただろうと思います。 だから勝海舟のおかしたリスクは、本人が言うほど大きなものではなかった とする碩果生の論には、一見した限りにおいては、理がありそうに見える。
 その時代のことをよく知りもしないでフランス危機が幕末にあったとするが如き風説に惑わされてはならない という組み立てをして、碩子は福沢の勝批判を正当化しているのですが、まともに福沢の痩せ我慢の説を弁護しようとするなら、本当はこれは筋が違っているのです。

 ま、それはおいといて。

 その時代のことをよく知りもしないで という言説には、色々な品質があります。 この話法は、実に簡単にひっくり返る。 だから10年ひと昔という言い方がよく使われていたのですが、今ですと、中国をみるなら1年でひと昔になりそうです。 中国が脱亜入欧にかけているエネルギーは凄まじいものがありますが、孫文が今の時代に生きていたらなんと言うでしょうかしら。  をっと、これも際限のない無駄話になりそう。

 おもしろいと思ったのは、明治10年、福沢は西郷擁護論や痩せ我慢の説等を実際に自分で発表できるほどの存在ではなかったという点です。 ただ、福沢の偉大な点は、個人が国家と対峙し得るほどの存在になれる と論じた点です。
 これが彼の「学問ノススメ」の本質であって、単なる学塾のCMに過ぎなかった書物(!慶応の関係者には申し訳ないけれど)が熱狂的に支持されたため、長い続編を書くことになってしまった。  当然、そういう時代ですから書き始めた時の福沢と、書き終わる頃の福沢とがどれだけのアイデンティティを保持していたのか疑問もあります。

 倫理が宗教と重なる部分というのは相当に大きいと思います。 自分の郷里を大切に思い、他県出身者と一線を画するという習慣は、つい最近まで(一部には今でも)普通にみられる意識でした。  同様に出身学校や職業、資格によって自己と他者とを切り分けるというのも、狭く日本国内に限らず、人間世界に普遍の原理とも見える価値観だと思います。 
 その枠の範囲内で、互いに自分を尊しとし他者をも敬する。 敬するに足ると信じる理由は、他者も自分と同じように、たとへば郷土愛を誇りにする事 を知るからでありましょう。 これは一歩崩れれば差別意識に直結します。 事実として、東洋も西洋も、ムカシというのは差別ぬきに語ることのできない時代のことを指すのだと思います。
こんな話をしても、たぶん何も新しいことは伝えていないと思っているんですが、アメリカ内戦で、正義と郷土愛とをかけて互いに戦った記憶と、その結果として、事実として生じた惨状とを対比して生まれたのがアメリカのプラグマティズムです。 私が高校生のころ、福沢、橘、松下幸之助を並列してみることで「ことば」としての思想というものの限界への処方箋が見えるように思ったのです。 幸之助の水道哲学を指して水道方式などと揶揄する人間層があります。 思想を超えるものは実践であるという意味で、橘が構想した生協的な共同体組織は、そういう思考層からはうまれなかったことを肝に銘じるべきだと思っています。 とは言いながら、実践を超えるものは理念であるという反語も、予め了承します。 しかし、それは現在ここにある理念ではないだろうと思うのですね。

郷土愛やナショナリズムを否定したら、出発点を喪った人間は、退化するしかありません。 かなしいことに、それが国家という枠組みにそのまま延長されて近代という名を冠された、それが明治というものだった。

杉浦さんの漫画は、そういう庶民の汗のにおいを伝えてくれるようです。

2003.6.20

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