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2003年2月23日 (日)

南部牛追い唄

NHK地上波1chで今日の午後、岩手の民謡、南部牛追い唄を本当に久しぶりに聞いた。

 田舎なれどもサーハーエ♪ 南部の邦はサー♪
   西も東もサーハー♪ 金のやま♪ コーラサンサーエ♪

 番組は東北の民謡に焦点をしぼった半ば伝統的な手法で組み立てられていた。
 たぶん、こういうのを鳩に豆鉄砲というのだろう、この唄を年頃の娘さんが3人で掛け合う練磨の技に唄い込みながらも、少しく西洋的な女声合唱の小技を組み込んであった所には、面白味と違
和感とを感じたりもした。
 だが、今日のブツ草はその唄のことではないし、ましてや妙齢の美しい3人娘をコキ下ろそうなどという大それた野心(?)があるわけでもない。

 古来、南部は鉄の産地として名高い。 その産鉄は牛の背に載せて関東に運ばれた。 運送手段に牛を使い陸舟と呼んだのは、その運搬能力を評価してのことではあるが、馬に比べて細く険しい道に強い動物であったことの安心感を「舟」という表現に組み込んだものであったらしい。
 吾が埼玉県の川口市は古くから鋳物の町としてしられているが、その背景には、南部から荷を運ぶこれらの陸舟が、最初に大規模に荷をおろした町が川口であったことに因るものと宮本常一が記録にのこしている。
 その宮本常一の手になる「塩の道」なのだが、この書に拠れば、牛追いの利便さは馬荷駄と異なり、牛には自由勝手に道草を道中での食料とすることができた点を挙げている。
 また、荷を運んだ帰りには「舟」である牛をそのまま売り払い、牛追いは気楽に帰途に就いたとしてある。
 帰路では多少の極道も楽しんだものらしいがなるほど、南部牛追い唄の伸びのある唄節にはそういう愉しみへの期待を感じ取ることもできそうな気がする。

 だが、しかし、である。

 NHKの民謡司会者によるこの唄の紹介では、なんと牛追い達は牛と寝起きを共にし、命さへも共にしたいとど哀れな者たち・・・ となってしまうのである。

 いや、これには閉口する。

 たかが唄番組の紹介である、別に口角泡をとばせる事ではあるまい と笑っておくのが本来「オトナ」の見識なのだろうが、この手の換骨奪胎を放置すると、やがて事実から遊離したトンでもない伝説がのさばりかえることになりはしないか。
 それも、単に脚本(ほん)書きが無知であって、ちょっと調べる手間を惜しんで手軽につくられてしまう伝説である。 堪ったものではないだろう、こんな事をノーチェックで受け売りされて育てられる世代の子供たちは。
 宮本常一の著作をよんでいると、同じ時代に世界に紀行した英国婦人イサベラ・バードの識見に触れている個所が幾つかあることに気がつく。 同婦人は、この時期、朝鮮をも紀行し、100年前の時代を切り取って今に伝える秀作を遺している。 手に負えない程の蚊や蚤などの寄生虫との格闘を描きながらも、彼女はその紀行文の中で日本の子供たちの示した慎ましい好奇心をおだやかな目でみつめている。

 以前、童話に恣意的な手を加えることが、たとへそれがどういう善意に由来するものであったにせよ、危険なプロパガンダになりかねないという危うさを指摘したことがあった。
 
 ウイスキーの宣伝文句ではないが、たとへ唄番組の前フリに過ぎない安脚本だったとしても、「何も足さない、何も引かない」と言う気概を持つことが、必要なのではないだろうか。
 自分が日本人であることを確認する意味で、時に口の端に載せてみたいほどに美しい唄であれば その事への思いは尚更である。

 田舎なれどもサーハーエ♪ 南部の邦はサー♪
   西も東もサーハー♪ 金のやま♪ コーラサンサーエ♪

2003.2.23

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