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2002年12月30日 (月)

正月に読んでみたい童話 「菩提樹の蔭」

   唐突に童話の話で恐縮ですが、近頃はなんだか優しいばかりの筋書きの童話が書店の店頭平積みで目立つような気がしてます。 物語だけでなく本の中の絵も訳のわからんような曖昧なイメージ表現のものが目立つような気がしますが、童話ってのはアンデルセンにせよイソップにせよ世の闇の姿を子どもに教えるという意味も持っていましたよね。
 
 少し古いけれど、中勘助という作家。 「銀の匙」の作者として知られている寡作な人物ですが、この人の手になる「菩提樹の蔭」という出色の作品があります。
 これは最初、親友の愛娘へ語り聞かせた独創の童話を、やがて成人し家庭を持って人生に悩むようになった同じその娘へ、大人のためのメルヘンの形に書き改めて与えたものだということです。
 
「菩提樹の蔭」の粗筋は、概略以下のようなものです。
 
 物語はインドの高名な盲目の彫刻家に弟子入りした天涯孤独の若者と母を知らないその師匠の娘との秘められた恋に始まります。
 彫刻家の家は、生い茂る緑によって「菩提樹の家」と呼び習わされています。
 作品の中では突然の熱病による娘の死が語られ、その生前の面影を今に遺すべく盲目の父の手になる彫像の製作と完成とに物語のクライマックスのピークの1つを持ちます。 
 このとき若者は人間に許される限界を超えた望みを抱き、密かに神に願いをかけます。
 その人間の分を超えた願いに向けられた神の怒りによって彫像には7年間の生命を与えられ、何も知らない人々の間で、父匠はその彫刻家の名声をますます絶大なものとします。 
 その傍ら、若者は生命を取り戻したかつての恋人の記憶の中に自分達の愛だけが甦らない事実に直面し、ひたすらに喪われた愛の再構築を試みるのでした。
 
 盲目の彫刻師が、自分の手になる作品であり かつ我が子でもある美貌の娘の嫁ぎ先を、著名で裕福な名士の許に決定した時、若者は父匠に自分が神と交わした誓いを告白して自分との婚姻の許しを得ようとします。 しかし、神との契約の秘密を告白した若者に対して、父師は自分の超絶した技量、すなわち、彫像にさへ生命を与え得る芸術の極致の技を否定する横恋慕の言い掛りとして理解し、この恩知らずの若者の追放を決定します。
 若者は娘を道連れた死を選択しようとするのですが、掛けられた神の呪いはそれを許さず、事情を知らない娘の不信をも買ってしまいます。 最後の勇気を振り絞った若者は父師の許に戻り、炎天下に五体投地して自分の真実を告白するのですが、理解を超える言い訳として師と愛娘の双方から拒絶され、彼は菩提樹の家から追放されます。
 
 諸国をあてなく放浪する若者は、ふとした偶然からマンゴーの木の下に打ち捨てられた赤子を拾います。 それは若者の追放後に誕生し、怒り狂った父師によって容赦なくうち捨てられた、若者あの娘との間に産まれた子供なのでありました。

 満月の夜、赤児を抱いた巡礼姿の若者は裕福な生活を送っている娘の許を訪ねます。 赤児を腕に抱き取った娘はその朝に7年の猶予の満了によって素(もと)の石に戻り、胸に抱かれ乳房を口に含んだまま幼児は息絶え、その朝、菩提樹に寄りかかるようにしてあの若者もまた、息絶えていたのでありました。
 
 
・・・ふう。
 
 柄にあわず童話の抄訳に挑戦して赤恥をさらしました。 失礼。
 
 近頃では「きけわだつみのこえの戦後史」で評判が地に堕ちてしまったような岩波書店ですが、名作・古典の仮名づかい・漢字を読みやすく改め、本当に大切な作品と信じるものを世に贈りつづける姿勢は、流石のものと思っています。
 
菩提樹の蔭 他2編 中勘助 ISBN4-00-310513-3 \500+tax
(2002.12.30)

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